マッチングアプリから「誰でもいい」という世界…他者になり切る楽しさと落とし穴 映画「STRANGERS」
【渡邉寧久の得するエンタメ見聞録】 人は自分の関わるコミュニティーや組織の中で、自分なりの役割を演じるともなく担っている。公開中の映画「STRANGERS」(池田健太監督・脚本)の主人公・野島直子(大西礼芳)は、他者の目線によって規定される〝直子らしさ〟というおりの中で暮らしていた。 派遣社員として働き、パワハラ上司に罵声を浴びせかけられている。昼食はひとりで、公園のベンチで食べる。夜は時折、洋裁学校に通っているが、授業料が払えていない。家賃も滞納している。笑顔がはじける暮らしぶりではない。 ある日、同じ職場の山口(玄理)が、マッチングアプリで知り合った男から、恋人のふりをすることで報酬を得ていることを知る。 山口の忘れ物のスマホの電話に出た直子は、マッチングアプリ業者から「あなたが誰でもいい」と押し切られ、相手の男と会うことになる。マッチングの相手のリクエストに合致した見た目、ファッションであれば、要するに誰でもいいという世界。 他者になり切ることに新鮮な感覚と遊戯性を見いだす直子。金が入る。ファッションやインテリアに散財する。周囲から「なんだかきょう、すてきですね」と感心されるほどの変化。髪の毛を後ろでひとつに束ね、茶系のカーディガンに七分丈のパンツにガラケー使用者だった女性は、あかぬける。あかぬけた自分を楽しんでいる風に見えるその先に、落とし穴が待ち構えている。 表面的な接触だけの男性が、自分にのめり込む。おせっかいや干渉にも合う。他者との距離感が微妙なゆがみとなり、作品にサスペンス風な様子を注ぎ込んでいく。 男を手玉に取り、その一方で女も陥落させる、そんな山口のとらえどころのない魅惑は、作品に謎めいた風味を加味している。 テンポの速さ、場面場面に仕掛けられた何かを一度で全部理解するのはなかなか骨が折れるが、変身願望の快楽を味わった直子の変容だけでも十分に楽しめる映画だ。最後の最後に、ああそういうことだったのね、という解決編で腑に落ちた面もある。 池田監督の長編第1作だという。今後の伸びしろを確認するためにも、前提として押さえておきたい作品だ。 (演芸評論家・エンタメライター)
■渡邉寧久(わたなべ・ねいきゅう) 新聞記者、民放ウェブサイト芸能デスクを経て演芸評論家・エンタメライターに。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞などの選考委員を歴任。東京都台東区主催「江戸まちたいとう芸楽祭」(ビートたけし名誉顧問)の委員長を務める。