中堅国と新興国の躍進で勢力図が塗り替わるアジアサッカー概況
フィリップ・トルシエのアジアサッカー評
「サッカーは以前よりもクリーンになった」とフィリップ・トルシエは言う。 ベトナム代表監督として大会に参加し、グループリーグ初戦の日本戦では独自のコレクティブなプレースタイルで日本を混乱に陥れたトルシエは、目標のラウンド16進出は果たせなかったものの、その手腕は日本でも改めて評価された。アジアサッカーの進化について、彼は独自の見解を示した。 「日本や韓国は選手の多くがヨーロッパのクラブに所属しており、国内リーグが続く中、所属するクラブを離れ、代表に合流してアジアカップを戦う。コンディション調整もモチベーション維持も簡単ではない。だが、決勝に進んだカタール、ヨルダン両国とも、選手のほとんどが地元のクラブに所属している。カタールは国内クラブ所属の選手ばかりだし、ヨルダンにしても1人(モンペリエ所属のムサ・アルタリミ)を除き、国外といってもUAEやカタールなどアラブ諸国でプレーしている選手でほぼ地元といえる。それはひとつのアドバンテージだ。チームの統一感は保たれ、内部に軋轢(あつれき)が生じることがない。選手を集めて集中的な強化もできる。それが日本や韓国との違いだ」 そして彼は、カタールが提供した環境を高く評価する。 「スタジアムのピッチの状態や練習場の状態、全体の組織運営や選手のセキュリティ、メディアの仕切りなどのレベルが向上し、大会は以前よりよく組織化された。そうしたすべてが、安心してサッカーに集中できる雰囲気を作り出した。環境が整ったことで、自己表現の実現とよりよいサッカーの実践が可能になった。いわゆる弱小チームも、外国人監督のもとプレーを構築しようとする状況が出来上がった」 優れた環境の中で、モチベーションの高い選手が観衆の熱気に後押しされながら120%の力を発揮し、監督の戦術・戦略を実践する。それが可能であったのは、選手の戦術理解力とフィジカル能力が向上したからであり、監督――その多くが外国人であった――もまた、彼らの能力が100%発揮できる戦い方を追求した。そこから生まれた熱量に、日本も韓国も圧倒された。 根底には近年、加速が進むサッカーのグローバル化がある。アジアの多くの地域でヨーロッパのトップレベルの試合が日常的に見られるようになり、得られる情報量も圧倒的に増えた。また、人的な交流も盛んになり、例えば日本人選手や指導者もアジアに活躍の場を求め、日本もアジアの選手を受け入れた。今大会の東南アジアでいえば、タイは日本人監督、インドネシアとマレーシアは韓国人監督、ベトナムのトルシエも元日本代表監督であった。 こんなことがあった。イラクがヨルダンに敗れたラウンド16の試合後の記者会見で、イラクの記者たちはスペイン人のヘスス・カサス監督に敗因を根掘り葉掘り聞き出そうとした。それまでの会見では片言の英語で対応していた監督も、この時は正確を期すために通訳を通じてスペイン語で応じた。 だが、「(イラクメディアの取材には応じないのに)試合前日にスペインテレビ局のロングインタビューに応えていたのが敗因ではないか?」という質問が幾度となく繰り返されるに及び、忍耐強く対応していた監督も最後は嫌気がさして「シ(そうだ)」と答えてしまった。これにはイラクメディアが激怒し、20人以上が一斉に席を立つと監督に罵声を浴びせながら会見場から出て行ってしまったのだった。 決して容認できる行為ではない。だが、彼らはそれだけ本気であり、熱意と期待で代表を後押ししていた。それはイラク国民も同じであり、さらに言えば他の国々にも同じ熱気があった。 そうした熱やエネルギーが、カタールという理想的な環境を得て(イラクメディアはさておき)適切な方向に放たれた。その事実こそが、アジアサッカー躍進の実態であり正体なのである。
【Profile】
田村 修一 1958年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科中退(フランス経済史専攻)。91年よりサッカー取材を開始。ヨーロッパで最も権威のあるサッカー雑誌『France Football』にも寄稿。著書に『山本昌邦 勝って泣く』『オシム 勝つ日本』(文藝春秋)など多数。日本のジャーナリストで唯一、世界年間最優秀選手に贈られる賞・バロンドールの投票権を持つ。