ジョン・F・ケネディ・Jrがゾッコン!? 美しき妻キャロリンとの知られざる「馴れ初め」について親友たちが明かす
ローズマリー・テレンジオ
キャロリンとは、(ジョンと雑誌『George』を共同で立ち上げた)実業家マイケル・バーマンのオフィスで会った。94年の秋だったと思う。私はその年の始めから、ジョンのアシスタントとして働いていた。キャロリンとは、実際に会う前から電話では話していた。彼女がペンシルスカートに白いシャツを着ていたのをおぼえているわ。クリーンで全く無駄がなくて、どこか威嚇されるような感じだった。でも、すぐに彼女の人柄みたいなものがわかると、とても暖かい人だった。確かファッションウィークの時、彼女が薄い青緑色のネイルをしていたのだけれど、ちょうどそのタイミングでそれがトレンドになったの。「変な感じ」と彼女は言っていたわ。彼女はジョンを待ちながら私のデスクの横に立って、電話が鳴りっ放しなのを笑っていた。「クレイジーね」なんて言って。 キャロリンとジョンはくっついたり別れたりを続けていて、2人とも別の人ともデートしていたのだけれど、1994年に復縁して、真剣に交際するようになった。2人がプロヴァンスの街でディナーをした時に、彼はダリルとはもう別れて、キャロリンとだけ付き合いたいと伝えた。しかし、それから間もなく、映画のプレミアでジョンとダリルが手を繋いでいる写真が『Daily News』に載った。キャロリンはそれを見て、連絡を絶った。 彼女の母親が「愛するキャロリン、嫌なことは忘れて人生を前向きに生きていきなさい。愛を込めて、ママより」と記事の切り抜きにメモを添えて送ったの。 ジョンはその後、カルバン・クラインの彼女のオフィスに花を送って、「あれは一度きりのことで、ダリルはあのイベントに一人でいきたくなくて、もともと一緒に行く予定だったから彼女に悪いと思った」と伝えた。キャロリンに何度か電話をしてメッセージを残したけれど、彼女が折り返すことはなく、留守電から自分の声を消して、応答メッセージなしのビープ音だけにしてしまった。 その後、ジョンの母ジャッキーが亡くなった朝、ニュースを見たキャロリンはジョンに電話をかけた。母の死の直後、ジョンは正式にダリルと別れ、キャロリンと交際するようになった。真剣な交際になるにつれ、キャロリンが母に一度も会わなかったことをジョンはとても残念に思ったと思う。 ※ローズマリー・テレンジオとリズ・マクニール著『JFK Jr.: An Intimate Oral Biography』から抜粋。出版はサイモン&シュスターLLC、ギャラリー・ブックスの許可を得て転載。