富士下山のすすめ!富士山の知られざる魅力に出合う自然旅行へ
富士下山は単なる旅行の形態ではなく、富士山を守り、後世に残すための哲学である。 “富士下山”は文字通り富士山を5合目から下ることを意味する。日本には古来、富士山に登ることで功徳を積むという信仰形態があり、富士山観光と言えば“富士登山”というほど一般化された旅行形式となった。しかしながら、「富士山の魅力は5合目より下にその7割がある」というのが私の持論である。 富士山は日本一高い山であると同時に日本最大級の火山で、その自然は標高差によって様々な環境を生み出し、噴火した時代や場所によってバラエティーに富んだ変遷を遂げてきた。一言で「富士山」といっても驚くほど多様な自然環境が訪れた者を迎えてくれる。富士五湖を代表とする湖沼群、鬱蒼とした森林地帯、数人の大人でやっと抱えることのできるほどの巨木の森、噴火の爪跡が色濃く残る火口群、植物たちの極限の世界である森林限界、天地境(てんちざかい)とも言われる広大な砂礫地など、その見どころは枚挙にいとまがない。
また、古くから神の住む山として多くの信仰を集めており、山体そのものをはじめ、山中に建立された神社、信仰の歴史が刻まれた登山道や石仏ばかりか、朽ち果てた山小屋でさえも富士登山信仰の歴史と文化の象徴なのだ。 そして、驚くことにこれらのほとんどが5合目より下に存在している。火山礫地が続く5合目より上の自然環境とは、その豊かさ、多様さにおいて比較にならない。利用者の少ない登山道は、昔の登山史跡が当時のまま数多く残され、古(いにしえ)の登山者やその様子に思いを馳せながら歩くのにもうってつけである。
現在、富士山は“オーバーツーリズム”という大きな問題を抱えている。毎年20万~30万人の旅行者が登山に訪れることによって山頂付近の環境に大きな負荷がかかるだけではなく、ゴミ問題、事故の多発などが深刻化している。2か月間という限られた登山シーズンに、登山者が5合目より上の狭いエリアに集まりすぎることがその要因になっている。 富士山は5合目まで車で上ることができるようになったため、古の人々が命懸けで登った聖なる山というイメージは薄れてしまった。その一方で、日本の象徴としてのイメージはそのままに、気軽にチャレンジできる人気の山となった。さらに、世界中から多くの旅行者が訪れ、局所的なオーバーツーリズムが発生しているのだ。 そこで、私は「富士山観光に新たな価値観を見いだすことでこのオーバーツーリズムに一石を投じることはできないか?」と考え、“富士下山”を推奨している。広いすそ野を活かした「エリアの分散」と四季を通して自然や史跡を楽しむ「シーズンの分散」。その二つを“富士下山”は可能にするのだ。 富士山の楽しみ方が多様化することで新たな価値が生まれ、利用者の分散が広がれば、この局所的なオーバーツーリズムの解消に一役買うことができるだろう。正しい富士下山にはこうした効果があるものと私は信じている。 文・写真/岩崎 仁 (富士山ネイチャーツアーズ代表) いわさき・ひとし 1974年、山梨県生まれ。山岳ガイドの傍ら、静岡県富士宮市でバー「ルーツ&フルーツ」を経営。「富士下山家」の肩書を掲げ、富士山エコツアーを主催。登るだけではない富士山の魅力や楽しみ方を提唱し、「スポーツ文化ツーリズムアワード2020」(文化庁など選定)のスポーツ文化ツーリズム賞など数々の賞を受けた。 ※「旅行読売」2024年10月号の特集「登らない富士山」より