「甲子園があろうがなかろうが野球が好き」という気持ちを絶対に奪ってはいけない 作家・早見和真が問い続けたあの夏
――球児たちへの取材を通して感じたことは何か。 2020年に済美高校と星稜高校の野球部員たちと凄く密接に付き合っていた中で、彼らに何を祈ったかと言うと、(野球部での3年間を)納得して終われるのか、というところを見たかったんですよね。甲子園を目指すすべての子たちが、割と人生を賭してそこに挑んでいってると思うんです。 僕はある種の悔いを残したまま高校3年間を終えました。 みんなにはそうなって欲しくないなという気持ちがすごく強くて、もっと言ったら甲子園大会なんてなくても、みんなが野球大好きのまま3年間一生懸命野球をやって、納得して卒業していけることの方が理想的じゃないのか、と考える自分もどこかにいるんですよね。 そこに甲子園があろうがなかろうが、どういう最後を迎えようが、その「納得して終われるか」ということを考えた時に、3カ月付き合って最後の夏を終えた瞬間に彼らから出てきたいくつかの言葉には、「あ、この考えのために最後までやりきったんだ」と思えた瞬間があったので、その言葉を聞いた時に、ここまで付き合ってきて良かったなと思いました。
――早見さんが考える今後の高校野球の在り方とは。 やっぱりあの夏にあの球場で野球をやるという事に対する憧れが強いものなんですよね。 これは本当になんだろうって思うんです。 いつ甲子園がなくなってもおかしくない、当たり前のものじゃないってことを突きつけられた中で、今までの高校野球の指導って、名門も弱小も『甲子園にいけないぞ、お前ら甲子園行きたいんじゃないのか?』の一点で引っ張ってきたと思うんですけど、もうそこじゃないんじゃないの、と思うんです。 教育とか指導という面について、たとえ甲子園がなかったとしても、その学校内や部活内のコミュニティに身を投じてきた子供達が納得できる、一生懸命になれる何かをその場その場で提供していかないといけない、というのが僕の去年3カ月取材した上での一つの答えです。 指導者には、子どもたちの「甲子園があろうがなかろうが野球が好き」って気持ちを絶対奪わずに、かつ楽しかった、納得して野球をやめられる、あるいはこの先も続けたいって思わせられる教育をして欲しい、周りの大人もそうして欲しい、と思います。 早見和真(ハヤミ・カズマサ) 1977年神奈川県生まれ。2008年、強豪校野球部の補欠部員を主人公にした青春小説『ひゃくはち』で作家デビュー。2015年『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。2020年『店長がバカすぎて』で本屋大賞ノミネート、『ザ・ロイヤルファミリー』でJRA賞馬事文化賞と山本周五郎賞を受賞。2021年『あの夏の正解』でノンフィクション本大賞ノミネート。