カマシ・ワシントンが語る、より良い世界に進むための愛と勇気とダンスミュージック
「無条件の愛」が教えてくれたこと
―「子供」の話に戻りますが、自分の子供のことを考えるようになると、世界の見え方も変わると思うんです。世界に対して求めること、望ましいと思う未来の形などが変わる。それが今作に込められたメッセージも変えたんじゃないでしょうか? カマシ:その通り。今まで見過ごしていたようなことが、子供を持つと、とても重要なことのように感じられる。 僕に関しては、世界の未来について、僕たちがどのような方向に向かっていくのかということについて、今までよりも直接的な関心を抱くようになった。子供がいなかった時も、関心事としてはあったんだけれど、子供が生まれてから、それがもっとパーソナルに、自分事のように感じたんだ。なんとなくの関心や心配ではなく、本当に心から心配だと思えるようになった。「ああ、そんなことやっちゃいけない!」と世界に対して思うようになったし、そこに自分の娘がいることを想像してしまう。 僕たちは、やるべきことや、進むべき道はすでに分かっているんだ。現在の物事の進め方では、この世界を維持していくことができない。でも、昔のやり方に未だ縛られている。昔のやり方というのは、境界線(ボーダー)という概念や、お金への固執といった、昔ながらの考え方のこと。こういうものにしがみついても仕方ないし、しがみつくべきではないと僕たちも分かっているはずなんだ。だけど、それを手放すことに不安を感じている。今の世界が進んでいる方向のままだと、未来は娘にとって上手く生き抜くのが難しいんじゃないかと心配になるよ。例えば、戦争や紛争なども含めて、世界には様々な危険がある。僕たちは人類として、自分たちを高めるために変化していかなければならない。僕は(娘が生まれる前から)そういうことを考えてはいたけど、今ではその悩みが自分の心により重くのしかかっている感じがするんだ。 ―そういった心境の変化も関係あるのかもしれませんが、今作は「怒り」の感情やメッセージがこれまでよりも薄れているようにも感じました。 カマシ:確かに、今はこれまでに感じたことのないほどの愛情を感じているよ。でも、怒りを感じる時も全然あるよ。ハッハッハッ! 娘が生まれる前にも、愛を感じたことはあったし、愛する人もいた。でも「真の無条件の愛」というものを僕はまだ知らなかったんだ。自分がそれを知らないということにも気づいていなかった。誰かに初めて会って、何の理由もなく、この世の何よりも、その人のことを愛していると感じたことは今までになかったから。どんな条件にも左右されない愛情というものは、とてつもなくパワフルなんだ。そういう愛の形は、人を楽観主義にしてくれる。むしろ、強制的に楽観主義者にならざるを得ない。「絶対に大丈夫」という確信を持つようになるし、無私無欲になるし、そこから共感力がより高くなり、物事に対して新しい見方ができるようになる。問題や課題だけを見るのではなく、よりディープな光を通して物事を見ることができるようになるんだ。 このアルバムの根底にあるテーマは、「より良い世界が手の届くところにある。古きものを捨てさえできれば、向こうの世界に移行できる」ということなんだ。僕たちはまだその世界を手に入れてはいないけど、その可能性は確かに存在するし、僕たちも何をするべきかはわかっている。不要な古いものを手放して、より良い世界に進んでいくべきなんだ。 ―そういった恐れのなさ、ダンスミュージック、娘さんへの思いなどもあり、かなりの変化が感じられる作品になりました。多くの楽曲に歌が増えて、大編成の楽曲が減りましたよね。 カマシ:今回のアルバムの音楽からは、オーケストラや合唱団の音が、僕には聴こえてこなかったというだけだよ。それに、他の仕事でバレエの音楽を担当したり、別件でオーケストラの音楽ばかりやっていたというのもある。その反動で、自分のアルバムでは何か違うことをやりたいと思ったのかもしれないね(笑)。 また、今回のアルバムの曲にはダイレクトなメッセージがあるものが多いから、曲に歌詞を付けたいという思いが強くなったんだと思う。自分でアルバムの音楽を色々と書いているうちに、色々なアーティストと偶然出会う機会があって、「この人にはこの曲がぴったりだ」と思う瞬間が何度もあった。例えば、ジョージ・クリントンは、ヴィジュアル・アーティストとしても活躍していて、彼の展示会で実際に会う機会があった。それ以前から面識はあったんだけど、ちゃんとした話をする機会はなくて、展示会でようやくじっくり話すことができた。彼と話をしているうちに、頭の中にアイデアが浮かび、「ジョージ・クリントンがあの曲(「Get Lit」)に参加してくれたら最高だろうな」と思うようになった。そして、彼が参加してくれると決まった時点で、彼に合うような歌詞を僕が書いたんだ。 コースト・コントラ(ラジ&タジ・オースティン)も同じような流れで、僕は彼らの音楽をネットで知ったんだ。すごくドープだと思って大ファンになった。その後、Hollywood Bowl(ロサンゼルスのヴェニュー)に行ったら、彼らがデイヴ・シャペルのオープニングを務めていた。そこで「何か一緒にレコーディングできたら嬉しい」と伝えて、「Asha The First」のレコーディングを一緒にすることになった。あの曲にも「ここに彼らのラップを入れたら最高だろうな」というセクションがあったからね。 僕はいつでも、音楽から自然に導いてもらうように心がけていて、音楽が必要とするものに牽引されていきたいと思っている。『The Epic』をレコーディングしている時は、大編成のオーケストラや合唱団の音が自分の耳に聴こえてきたんだ。そういう音を入れたらクールだろうなと思った。今回のアルバムには、さまざまなメッセージが存在していて、それを届けてくれる人たちを必要としていた。そこからこういうアルバムになったんだ。 --- カマシ・ワシントン 『Fearless Movement』 発売中
Mitsutaka Nagira