「離乳食を配ると独身女性の居場所がなくなる!?」スープストックが炎上を回避した、驚きの方法とは?
コンセプトとは何か、PRとはどんな仕事か――。ベストセラー『コンセプトの教科書』の著者で、株式会社TBWA\HAKUHODOチーフ・クリエイティブ・オフィサーの細田高広氏が、博報堂執行役員で、博報堂ケトル取締役の嶋浩一郎氏と対談を行った。嶋氏は、最新刊『「あたりまえ」のつくり方 ビジネスパーソンのための新しいPRの教科書』(NewsPicksパブリッシング)を2024年9月に上梓したばかり。博報堂の先輩・後輩という関係の2人が、たっぷり2時間超、広告・PRの仕事について語り合った。第3回では、頻発する意見の分断を乗り越えるために必要な「視点の移動」について意見を交わしていく。(第3回/全6回)(進行/NewsPicksパブリッシング・中島洋一、ダイヤモンド社・宮崎桃子 構成/水沢環) 【この記事の画像を見る】 ――近年の企業は、意見の分断の狭間に置かれるケースが増えていると思います。SNSでの発信によって炎上したり、トップの発言が火種になったりする例も多々見受けられますが、分断の狭間に置かれた場合、企業はどんなことを意識して発信を行うべきなのでしょうか? 細田高広(以下、細田):「新しいあたりまえ」が生まれるときって「今のあたりまえ」を否定しないといけないわけですから、どうやっても歪みは生まれてくると思います。なので、ある種の分断も避けては通れないところがあるんだろうな、と感じますね。 嶋浩一郎(以下、嶋):うん。新しいあたりまえは、誰かにとっての「違うでしょ」って要素を含むからね。 たとえば、デベロッパーが新しい施設をつくるときに「ジェンダーレスのトイレをつくったほうがいいか」という問題にぶつかったり、結婚する人たちのための商品をつくっていると「全員が結婚する時代ではないのに」みたいに意図していなかった反発を受けたり。多様性のある社会になっているようにはみえるけど、その反面、いろんな意見がグラデーションで顕在化するようになっているから、企業にとっては情報発信や判断が難しい状況になっているなと思います。 細田:嶋さんの本の中で挙げられていたスープストックの例は、そんな分断を乗り越えた良い例ですよね。「離乳食を無料で配ります」と発表したら、「独身女性の居場所がなくなる!」とかものすごい反発があって、意見の対立が生まれた。 嶋:でもそのときに、スープストックは「私たちは『世の中の体温をあげる』を企業理念にしている。私たちには、お客様を区別したり、ある特定のお客様だけを優遇するような考えはない」と誰も切り捨てない発信をした。それで事態は沈静化したんだよね。 細田:アインシュタインの言葉で、「いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない」というのがあるんです。これは物理や数学の世界の話ですが、僕はスープストックがやったこともこれに近いなと思っています。 問題になっている事象についてではなく、「私たちは何のために世の中にスープを振る舞っているのか」という、もう一つ上の次元から言葉を発信したことで、解決できたわけですから。 そんなふうに、もう一段階「大きな絵」で包んであげると、批判の声が相対化されるのかもしれない、と思いました。 嶋:世界の境界線を引き直してあげるってことだよね。「私たちの世界はこれ」「私たち独身女性は……」と思っている人たちに対して、「いやいや、実はみんなこんな世界に属しているんだよ」って。上位概念シフトというか、アウフヘーベン(止揚)というか。 細田:まさに、そんな視点がこれから新しいものをつくる人たちにとって必要な思考なのかなと思いますね。 僕は、昔の大統領のスピーチとかもよく見るんですけど、そこでも上手く上位概念シフトしているな、と思うことがあります。かなり壮大な風呂敷を広げるんですよ。 有名なやつだと、ケネディ大統領の言葉です。当時、アメリカはソ連と宇宙開発競争をしていて、ソ連が先に宇宙に人を飛ばしたんですよね(1961年、ボストーク1号の人類初の有人宇宙飛行)。アメリカからしたらもう絶望的で、国民全員が「宇宙からミサイルを落とされたら……」って下を向いている状況。そのとき、大統領としてケネディは「私たちは10年後、月に人を送ります」と言ったんです。 ――問題になっているソ連の事象については触れないんですね。 細田:そうなんです。まだ人類がちょっと宇宙を漂ったばっかりだったのに、「月」なんてみんなが思ってもみなかった方向に、大きすぎる目標を掲げた。 だけど、そう言われると、「ソ連に先を越された、どうしよう」よりも、「月に行けるの!?」「実現に向けてやってやろう!」みたいな気持ちになるじゃないですか。 嶋:まさに上位概念シフトだね。 細田:はい。それから、分断を乗り越えるためには、「時系列」というのも大事な観点だと思います。 たとえば再開発事業などでは、どうしても「景観が……」「近隣住民が……」という分断が起こるじゃないですか。再開発事業にはいろんなステークホルダーがいますから、みんなが「いまここ」で同時に幸せになるってかなり難しいと思うんです。ではどうするか?というと幸せになるタイミングをずらすことしか解決はありえません。「5年後」「10年後」「30年後」の未来像で合意をとるコミュニケーションを取り、払った犠牲を幸福で回収する分岐点を時系列でプロットできれば、分断もすこしは違ってくるのではないか、と。 嶋:それこそPRの技術だよね。ネガティブな意見を持つ人とも対話しながら、上位概念の視点を取り入れたり、時系列をずらしていくことで、「ここは握れませんか?」ってポイントを探していく。 そういう分断の狭間に置かれたときにこそ、「同じ」ところを見つけるPR的なクリエイティビティが必要になるのかもしれない。 ――嶋さんの本の中では、発信者に対する信頼性があるか、つまりオーセンティシティがあるかも重要だと語られていました。 嶋:そうですね。オーセンティシティというのは「正当性」のことです。その発言をする資格があるかってことですね。そのためには、その企業がこれまでどんなことをしてきたのかという、ファクトの積み重ねも必要だと思います。 たとえば、スープストックの発信が受け入れられたのは、スープストックが創業時から「咀嚼ができない人たちを支援する活動」や「ベジタリアン対応スープの販売」「ハラル商品の開発」など、実際に「すべての人の体温をあげる」ための活動を続けてきていたから。だからあの発信は説得力を持って受け入れられたわけです。 細田:そうですね。「表現」の前に「行動」があるかどうかは欠かせない要素ですよね。 もっと言うと、ちゃんと「人格」がある、という点も大事になると思います。たとえば、技術系の企業でトラブルが多発したときに、トップが自らエンジニアリングの話をしながら語ったら大きな共感を呼んだことがありました。行動と人格が見えたことで、ピンチがチャンスに変わったわけです。 どんなに優れたコンセプトを持っていても、顔の見えない人や企業を「応援しよう!」とは思えませんよね。反対に、この人が、この覚悟で、実際の行動を積み重ねて、その上でこんな発信をしているんだ、と「人格」が見えてくるだけで、多少抜け漏れがあっても共感できるものです。 ▶第4回に続く(11月29日予定) ▶第1回は【「バイト中でも、座ってよくない?」。そんなモヤモヤから生まれた新サービスは何?】 ▶第2回は【【知らないと恥ずかしい】「広告」と「PR」の違い、簡単に説明できる?】
細田高広