「脅されて彼女の家とか調べられ、断ったら何かされると思った…」“闇バイト”に誘われた「特定少年」の思い、そして彼の両親の覚悟とは…
精一杯の心配りをする母親の姿
3月○日、少年鑑別所でワタルの両親と待ち合わせた。先に着いた高坂くんと私が受付で面会の希望を伝えたところ、窓口で保護者の同意を得ているかを確認された。 鑑別所は誰でも面会できるわけではなく、少年に必要だと思われる人でないと面会ができない。保護者が来るのを待ち、職員が保護者に確認。同意が取れたところでやっと先に進める。 数十分待って、職員に呼ばれた。ワタルの母親が小走りに自販機に駆け寄り、ずっと握りしめていた小銭を自販機に入れた。手に持つジュースはワタルの好きなジュース。母親は冷たくおいしいジュースを飲ませてあげたくて、直前に買ったようだ。 たったそれだけ、それだけの行動であったが、母親がどれだけワタルを思っているかが伝わってくる。
「キムに脅されて、断ったら何かされると思った」
面会室に入り、しばらく待つと鑑別所の先生に連れられてワタルが部屋にやってきた。入り口のドアで私たちを見た後、ずっと下を向いている。 ワタルの父親が、高坂さんと中村さんが来てくれたぞ、とワタルに声をかけた。 椅子に座ったワタルは、下を向いたままうなずいた。部屋はしんと静かだ。ワタルの涙がズボンに落ち、すすり泣く音だけが聞こえていた。 「捕まってホッとしてる」 「怖かったの?」 私がそう聞くと、ワタルは、 「もう悪いことしないですむ……」と答えた。 留置場にいるときよりは、眠れるようになり、ご飯も食べられるようになったと聞いていたが、目の前にいるワタルは明らかに弱っているように見えた。 これから自分がどうなるか、自分がしてしまったこと、不安と後悔で押しつぶされそうなのがわかる。 先の話をしなければいけないが、なかなか話すことができなかった。 母親がジュースを飲むようにすすめたが、ワタルは顔を上げることができない。 面会室は時が止まったように静まり返っていた。ワタルのとなりに置かれたジュースに水滴が浮かび、その水滴だけが時を刻むように滴っていた。 しばらく沈黙がつづいた後、高坂くんがワタルに声をかけた。 「インスタのDMでやりとりしてたけど、急に連絡がとれなくなって心配したよ。お金のことで相談されていたけど……。気づいてあげられなくてごめんね」 「脅されて、彼女の家とか調べられていて、断ったら何かされると思った……」 ワタルは「キム」という人物に脅され、今回の事件のほか、狛江の強盗殺人事件にも誘われていたという。のちに「ルフィ事件」として知られる狛江の事件は2023年1月に起きたもので、ニュースで何度も取り上げられていた。 私たちと渋谷で会った2022年11月から、事件が起きるまでの間に何があったのだろう。 「ワタル、事件はどこからつながっていったの?」 「……闇バイトです」 そこで立ち会いの職員から注意が入った。面会では事件の話はしてはいけないことになっている。私たちは保護者と一緒に、ワタルの今後の社会生活に必要な人たちという枠で面会を許可してもらっていたからだ。 高坂くんと私はここまでだね、と顔を見合わせた。規則を破るつもりはなかったが、知りたい気持ちが先走ってしまった。