なぜイチローは古巣マリナーズに復帰するのか?その背景に「見えざる手」
そんな中、そうしたことを度外視した上で、古巣のマリナーズがどう動くかは、オフの早い段階で取り沙汰された。むしろ当初、マリナーズのジェリー・デュポトGM(ゼネラルマネージャー) は、積極的とも映った。 「彼はこれまでマリナーズに大きく貢献してくれた。ドアはいつでも開いている」 その彼の口はしかし、大谷翔平がエンゼルスと契約した頃から、重くなる。 彼は、イチローを大谷獲得に利用できると考えた。また、取材でも大谷への興味を隠さず、徹底的にアピールする戦略をとった。いずれも判断ミスだったわけだが、その一方でイチロー獲得をめぐるチーム内部の状況は複雑な道をたどっていた。 元々マリナーズのオーナーの中には、自分から出ていった選手を、なにを今さら、というグループと、貢献に報いるべき、というグループに割れていた。 それを説明し始めるとキリがないが、ただ今回、後者は後者で、葛藤があった。 以前も書いたが、マリナーズと契約するということは、これが最後、という含みを持つ。そうすると、イチローのその後に縛りを設けることにもなる。果たしてそれが良いことかどうか、はかりかねていたのだ。 ところが、ここにきて、想像だにしなかった、見えない力が働く。 一般的にキャンプまでに契約が出来なかった選手というのは、言葉は悪いが、ケガ待ちという状況になる。オープン戦が始まると、少なからずけが人が出るためだ。 ケガをすれば逆に、ポジションを失う。そこには大リーグの激しい適者生存競争の一面が透けるが、その中でマリナーズはキャンプが始まったときから故障者が続出していた。週が明けて、顕著になったのは外野陣の層の薄さ。 元々、昨年ライトのレギュラーを掴んだミッチ・ハニガーが右手を痛めて出遅れており、今年はまだ、1試合もオープン戦に出場していない。控え外野手のギレルモ・エラディアがハニガーの代役ということになるが、彼も昨年10月に肩の手術を行い、3月2日に復帰したばかり。そういうなかで先週、今度は昨年半ばからレフトに定着したベン・ギャメルが、打撃練習を行っているときに右の脇腹を痛めた。 当初は軽傷とみられたものの、5日になって4~6週間はプレーできないと判明すると、マイナーにもめぼしい人材がおらず、開幕を考えた時、計算できるのはもはやセンターのディー・ゴードンしかいなくなった。 期せずしてこのとき、閉まりかけていた扉が開いたのである。 どうだろう。おそらく他のチームでそういう状況になったとしても、イチローには声がかからなかったのではないか。マリナーズでそういう状況になったときのみ、という極めて限られた条件が必要だったが、もはや、否定派にも肯定派にも迷う理由はなく、むしろ獲得の理由が出来た。 今となっては必然としか思えないが、大谷で沸いているアリゾナが、いっそう活気づく。 (文責・丹羽政善/米国在住スポーツライター)