イノウエブラザーズ──世界が注目する日本のアーティザナル・デザイナーたち
職人として、あるいはデザイナーとして職人を讃えながらアルチザン的なものづくりで国内外から支持を集める5つのブランドのクリエーションをひもとく。 【写真の記事を読む】職人として、あるいはデザイナーとして職人を讃えながらアルチザン的なものづくりで国内外から支持を集める5つのブランドのクリエーションをひもとく。
デザインの力で社会をより良く変える
ソーシャルデザインとは、社会課題に対し、それを解決する仕組みを考え、社会のなかに実装していくこと。その理念に基づき、井上聡と弟の清史が、ソーシャルデザインスタジオ「ザイノウエブラザーズ」として活動を始めたのは、2004 年のことだった。今年、創設20周年。その実感について尋ねると、兄・聡は「20年前は、SDGs という言葉もなく、生産者も消費者もサステイナビリティへの関心が薄かった。社会にその土台ができたのが、今です。だから私たちの活動はこれからが大事」と答え、隣で清史が頷いた。 きっかけは、南米のアンデス地域でのアルパカを育てる遊牧民との出会いだった。ニットの原料となるアルパカの天然繊維の素晴らしさに感動するとともに、そこで不当に搾取されている生産者たちを目の当たりにした。そこでふたりが行ったのは、ダイレクトトレードの仕組みを構築し、同時に遊牧民に飼育などのノウハウを伝え、生産性を上げるプロジェクトを、現地の研究所などとパートナーシップを結び、実践することだった。これが成功モデルとなり、ふたりはペルーの高品質なオーガニックコットンで春夏製品を生産するプロジェクトや、パレスチナで女性たちが継承してきた刺繍文化を世界に伝えるプロジェクト、沖縄で伝統的な藍染を次代に伝えるプロジェクトなどを世界各地で展開していく。 多くに共通するのは、ふたりが旅を通して出合った、伝統文化やクラフトのコニュニティを起点にプロジェクトが展開されていることだ。「国を訪れ、その歴史や生活文化を調べていくと、クラフトに出合うことがほとんど。パレスチナの刺繍とか、アフリカのビーズとか。国の文化の土台、中心にたいていクラフトがあって、みんな、それに関わりながらお金を稼ぎ、生活しているんです。それをどうやってファッションに落とし込めるかを考え、その国の人とパートナーシップを組み、一緒に生産する。それを社会とつなげることが僕らの仕事」(聡)「旅自体が、僕らの大切なインスピレーション源になっているところもあります。いろんな人、ものに出合い、さまざまな社会やカルチャーを知る中で、自分自身の価値観も更新される」(清史) クラフトに対する感性や考え方は、ガラス工芸作家であったふたりの父の影響もあるようだ。「僕も清史もよくガラス工房に出入りしていたのですが、幼い頃、父が教えてくれたのは、ものをつくるのは結局人間なんだということ。クラフトは人間の想像力の結果、ヒューマニズムを強く感じさせてくれるものだと思いますし、一方で、昔から人間は平和なときはいつもクリエイティブ」(聡) また、ザイノウエブラザーズがパートナーとつくるアイテムは質が高い。取材中、ペルーのオーガニックコットン生地のシャツを触らせてもらったが、柔らかく、しなやかで驚いた。「シルクみたいでしょ?」と清史は言い、にっこり笑う。「繊維が細くて長いのがペルーの綿の特徴。夏場に着用しても快適なんです」。そして、聡はこう続けた。「つくるならば、いいものでないといけない。それは、僕らの責任だと思うんです。正直な話、ものをつくった瞬間、それはサステイナブルではなくなってしまうんですね。というのも、もう世の中にはたくさんの服があって、あるデータでは、その流通上には、世界の人口が10年間、着られるだけ服があるそう。そこで何か新しいものを生み出すとき、やはり品質が良く、少なくとも自分たちが世界一と思えるものをつくることは最低条件だと思います」 The Inoue Brothers… 2004年、井上聡(右)と弟の清史(左)が設立した、ソーシャルデザインスタジオ。聡は1978年、清史は1980年生まれ、ともにデンマークのコペンハーゲン出身。ソーシャルデザインの理念に基づき、世界各地の先住民コミュニティや、伝統工芸を継承するコミュニティとパートナーシップを結び、プロジェクトを展開。著書に『僕たちはファッションの力で世界を変えるザ・イノウエ・ブラザーズという生き方』(PHP研究所)、『SDGsな仕事:「THE INOUE BROTHERS...」の軌跡』(第三文明社)がある。 PHOTOGRAPHS BY ASUKA ITO WORDS BY MASANOBU MATSUMOTO