有村昆が歴代オリンピック映画を紹介、今こそ観るべきナチス政権下ベルリンオリンピック映画
「走っている時は誰の差別も受けない」
今回のパリ・オリンピックは開会式の評判も良かったし、運営などについても東京オリンピックと比較して語れられることが多かったですが、この映画を観ると、そもそもの条件がぜんぜん違ったということを改めて思い出すことができます。 1964年の東京オリンピックは市川崑監督が記録映画にしていて、開催前から入念なシナリオを元に作り上げたことや、過度な演出がなされていることに対して「芸術か、記録か」という論争を巻き起こしました。そういう意味では、この『東京2020オリンピック』も単なる記録映画ではないと思います。だからこそ否定派の意見も多いし、レビューの点数も著しく低い。 でも、映画って残るものなので、50年後、100年後に2021年の東京オリンピックってどんなだったかを振り返るときに、ここに記録されたことが重要になってくると思うんですよね。そして、その捉え方も変わっていく。 ナチス政権下で行われた1936年のベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』も、時代と共にその評価が変わっていますからね。 そこで、もう1本紹介したい映画は、そのベルリンオリンピックで起きていた史実を元に作られた『栄光のランナー/1936ベルリン』という作品です。 このベルリンオリンピックというのはナチスのプロパガンダ色が強かった大会です。ナチスは人種差別政策を進めていて、白人のゲルマン民族が最も優秀で、それ以外のユダヤ人などを迫害していました。そんな状況で、4つの金メダルを獲得して、ヒトラーの鼻を明かしたジェシー・オーエンスという黒人アスリートがいたという事実をドラマ化したものです。 ジェシーはアフリカ系アメリカ人で、アラバマ州の貧しい家庭に生まれました。黒人として差別を受けながも陸上競技の才能を開花させ、アメリカ代表としてベルリン・オリンピックに参加します。 そもそも、このときアメリカはナチスのユダヤ腎迫害に抗議するためにオリンピックをボイコットしようとしていました。でも、この期間だけは人種差別を緩めるとヒトラーが公言したことで、アメリカの参加が決まります。でも、その裏ではユダヤ系は出場させないという取引があって、その流れで黒人のジェシーに出場権が回ってきたということなんですね。 ジェシーからしてみれば、自分が黒人として差別されているのに、図らずもユダヤ人差別の恩恵も受けてしまうという、2重の苦しみを抱えることになってしまう 。 そんな葛藤を乗り越えて出場したジェシーは100メートル、200メートル、400メートルリレー、それに走り幅跳びも加えて金メダルを4個も獲得します。 「走っている時は誰の差別も受けない」というジェシーのセリフがあるんですが、これは感動しましたね。 この走り幅跳びでは、ドイツ人のルッツ・ロングという選手と優勝争いをするんですが、競技後にルッツは軍の命令に逆らってジェシーに近づき、健闘を称え合って2人で肩を並べながら帰っていくんです。この純粋なスポーツマンシップと、人種差別を超えた友情というのも熱くなります。 近代オリンピックは、政治的紛争を持ち込まないとか、人種差別撤廃を掲げていますが、実際にはドロドロの政治問題が持ち込まれて、人種や出身、それにジェンダーも含めてさまざまな差別が残っているわけです。 でもこの『栄光のランナー/1936ベルリン』は、スポーツでそれを乗り超えることができるという事実を映画化しているので、このきっかけにぜひ観ていただきたい作品です。 他にもオリンピック関連映画といえば、みんな大好き『クールランニング』とか、ナンシー・ケリガン殴打事件を起こしたトーニャ・ハーディングをマーゴット・ロビーが演じた『アイ・トーニャ』、そして劇場未公開ですがヒュー・ジャックマンが出演している『イーグル・ジャンプ』などオススメしたい作品がたくさんあるんですが、これってぜんぶ冬季オリンピックなんですよね。 なので2年後、2026年のミラノ・コルティナオリンピックのときに、またこのテーマで取り上げてみたいと思います。
ENTAME next編集部