赤飯+まんじゅう…主婦の知恵か“失敗”か 農家のごちそう、今はお店で 羽生の「いがまんじゅう」
手のひらで包むようにして、小ぶりのまんじゅうを赤飯でくるむ。五月女(そうとめ)拓也(50)の手さばきはよどみない。丸く形を整えた赤飯の照りが食欲をそそる。 埼玉県羽生市の和菓子店まつのや。慶応元(1865)年創業の老舗は五月女で6代目。看板商品の「いがまんじゅう」は、赤飯が栗のイガに見えることからその名がある。 赤飯とまんじゅうを別々に仕上げ、最後に合わせる作り方は変わらない。ほかに手間を省くため赤飯とまんじゅうを一緒の容器で蒸すやり方もある。「それだと食器洗いも一度で済む。理にかなってますよね」 ◇ 小麦生産の盛んな県北東部に伝わるいがまんじゅうは、農家のハレの日のごちそうだった。赤飯とまんじゅうという、いささか奇抜な取り合わせには、赤飯のもち米が高価で「まんじゅうを入れてかさ増しした」という説がある。一方で「手間を省くため一緒に蒸したら、くっついてしまった」説も根強い。いずれにせよ、台所を守る農家のお嫁さんの知恵が生きているのがほほ笑ましい。
農家の担い手不足や高齢化が進むと、いがまんじゅうは家庭で作るよりも店で買うものになる。2007年に農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に。五月女は「メディアに取り上げられて知名度が上がり、だんだん名物になっていった」と語る。 ◇ 以前は、市外から嫁いだ女性の里帰りのお土産に重宝された。最近、それが戻ってきた感じもするという。「(実家に)持って帰りたいという若い人が増えた。東京の人にも喜ばれるそうです。昔もこんなふうだったのかな」 桶川市の和菓子店で修業し、25歳で家業を継いだ五月女。跡継ぎの悩みも抱える。「自分の代で終わっても仕方ない。でも何とか、違う形でもいいからつなげられないか」。公民館や小学校で作り方の講習会を開き、各地のイベントに出店するなど、いがまんじゅうを広め、伝える活動に力を入れている。 4月20日に同市須影で開催される「青縞(あおじま)の市」にも初めて出店する。藍染業者が減少する中、藍染物を身近に感じてほしいと取り組む実行委員長の野川雄気(33)は「羽生の歴史ある食べ物といえば、うどんといがまんじゅう。まつのやさんに出店してもらえてうれしい」と歓迎する。