人間の《生焼けの脳》を売りまくり…群馬の雑木林に200体超の遺体を捨てた火葬場職員の「衝撃の告白」
明らかになった動機
M井は当初、「焼けないからやむを得ず埋めた」と供述するに留まり、ほかの動機はいっさい黙秘していた。しかし、M井の生活ぶりからして明らかに貴金属類を盗んで私腹を肥やしているように見えた。 もともと怠け者の気質があったこの男は、21歳で盲腸を患ってからはいよいよ放蕩ぶりに拍車がかかっていた。やがて詐欺横領罪で3度も前橋刑務所へ収監され、計10年間も獄中生活を送り、実家からは勘当、兄弟たちからも縁を切られていた。 桐生市の火葬場で働きはじめると、その給料に見合わない贅沢な暮らしぶりをしていたらしい。朝夕には酒を飲み、飲んだくれ勘といわれるほどに素行が悪かったのは前述したとおり。そしてたまにドライブに出かけるなど豪遊していて、家には立派な家具・調度品もあった。 この状況証拠を突きつけられるとM井は観念し、貴金属類を遺体から盗んでいたことを自白した。 当初は火葬炉のなかへ金てこを突きこんで盗んでいたが、だんだんと罪を重ねるにしたがってついには遺体を炉から引きだして盗むようになった。 遺体はそのまま捨て置いたが、数が多くなるにしたがって始末に困るようになり、場内に埋めたという。 M井の犯行にはさらなる疑惑があった。見つかった遺体の多くが、頭蓋骨が割られた状態で見つかっていたのだ。
脳を売りさばいていた
警察はこれを、脳しょうを取りだした痕(あと)なのではないか、とにらんだ。当時、都市伝説的に人体の臓器などが万病に効くという噂がまことしやかに囁かれていた。 その中でも脳は重要な位置付けであり、高値で取引されていたのである。無論、効能など迷信であるが、昭和のはじめ頃はまだそうした非科学的な風潮が残っていたのだ。 しかし、M井はこの状況証拠をもってしても、頑として脳しょう盗みだけは認めようとしなかった。 警察はさらに捜査を進めていくうち、ある仮説を立てた。ここまで大規模な死体遺棄はM井の単独犯では不可能だろう、ということである。そこで火葬業務を請け負っていた取扱主任のY本という人物を取り調べたところ、興味深いことを自白したのだ。 「燃料の節約の目的から、依頼された死體を完全に焼却しなかった」というのである。さらに貴金属の盗みも自白した。 つまり、そもそもきちんと火葬できる状態ではなく、はじめから不当に金を儲けるつもりでこのY本が企図したことだったのだ。 さらにY本の証言を通じて明らかになったのは、もう2名の共犯者の存在であった。Y本が明かしたのは、M井がふたりの墓場の穴堀人にわずかばかりの金銭を与えて生焼けの遺体を埋めるのを半ば強要していた、という事実であった。