全編より掌編を読みたくなる『新潮世界文学』 スタインベック「朝飯」を安岡章太郎訳で読む方法を伝授(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「朝食」です *** 一九六〇年代の終わり、全集『新潮世界文学』が発刊されました。その内容見本は、それぞれの巻にこれぞという作家が紹介文を寄せるという豪華版。 スタインベック担当は安岡章太郎。ところが彼は、この全集の収録作には触れず、掌編「朝飯」について《アメリカ人の欲してやまない“母性”が、じつに端的に描き出されておりその緊迫した素朴な文体は、ほとんど聖書に匹敵するといいたいほどの美事なものだ》と、熱く語りました。全集より、その掌編の方を読みたくなります。 しかし、新潮文庫の『スタインベック短編集』は、当然のことながら作家安岡の訳ではありません。 学習研究社から出た『世界文学全集3 スタインベック/ジャック・ロンドン』を開けば、それが読めます。 ベーコンを焼く音は、ひらがなの《じゅうじゅう》、《四角い天板いっぱいに焼き上った大きなパンを取り出した》―思い入れのある作品を日本語に移す喜びが溢れています。老人が《口いっぱいに頬張っ》たパンを《ぐしゃぐしゃ噛んで呑み下し》、思わずいうのが《God Almighty, it’s good》。以下、こう訳されます。 「ちきしょうめ、うめえなァ」そして、また口いっぱいに頬張った。 これでなくては―という気になります。 この掌編の草野大悟による朗読CDも、安岡章太郎の訳が使われています。 [レビュアー]北村薫(作家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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