パリ協定離脱「トランプショック」で日本の自動車メーカーが割を食う?
「悪法もまた法」投資戦略に頭悩ます各社
それはもちろんアメリカのビッグ3にとっても同じ。特にZEVは難しい。しかし、そういう無茶なルールでも法律は法律。決まってしまった以上、北米シェアが生命線である日本の自動車メーカーは莫大な予算を組んで電気自動車の開発を急がなければならない。予告通り規制が実行されるなら良いが、過去の排ガス規制の実例を見れば、ビッグ3のロビー活動で規制は先延ばしにされ、実質的に無効化されてきた前科がある。ZEV規制を見るとその歴史を思い出さずにはいられない。 さてここで一度整理しなくてはならない。アメリカは現在国内での環境規制については、CAFEとZEVと言う2つの先鋭的な理想主義規制を設けて環境原理主義に暴走中である。多用性も現実性も無視した規制で、国内環境を守ろうとしている。一方で環境対策の地球的枠組みの中では、大国として果たすべき役割から逃げ回り、責任を果たそうとしない。 利己主義も極まれりという態度だが、パリ条約を離脱しようとも、別に他国に出かけて温室効果ガスを排出しようというわけではない。それは米国内で排出するのだ。だから国内は厳しく、海外では緩くというわけではない。 アメリカは今、環境に対する姿勢が両極端の2つに引き裂かれており、先行きの予想が極めて難しい状態になっている。ただでさえZEVとCAFEの規制を睨んで疑心暗鬼に巨額投資を進めている日本のメーカーにとって、今回のトランプ大統領のパリ協定離脱は、まさに冷や水を浴びせかけられた形になる。この国としての方針不在の規制の中でどういう投資戦略を採って行くべきかは極めて難しい。
日系メーカーにとり「第2の故郷」である北米
日本にとって非常に不利だというのは何故か? 1989年にベルリンの壁が崩壊してボーダレスの時代が始まり、旧東欧諸国が自動車生産地となり、産業振興によって所得が高まった結果、次に自動車消費地になった。1990年代、これによって欧州メーカーが躍進した。 それ以前の自動車産業は、自動車時代の幕開け以来の欧州と北米の2極に加え、1960年代から急速に成長した日本を加えた3極体制であった。日本は自動車を北米に輸出して1980年代に深刻な貿易摩擦を招き、その解決策として日本の自動車メーカーは北米に生産拠点を設けて、北米生産を進めた。この結果、北米の自動車生産は米国系メーカーと日系メーカーの混成状態で発展していった。つまり日本の自動車メーカーにとって北米は第2の母国なのである。 欧州は独自の自動車文化圏を形成し、米国系メーカーも日系メーカーも上手く商圏を築くことができずにいた。その閉鎖的な環境下で、東欧圏の経済開放によって欧州の巨人フォルクスワーゲンが一気にシェアを伸ばした。しかも、フォルクスワーゲンは、型遅れのサンタナの中国でのノックダウン生産を特に戦略もなく認めていた結果、2000年代に入って中国マーケットが成長すると、棚ぼた式に一気に中国での覇権を握ったのである。 つまりグローバルマーケットにおける図式は以下の様になっている。 ・日本 日系メーカーの独壇場 ・北米 米国系メーカーと日系メーカー、韓国系メーカーのシェア分割 ・欧州 欧州メーカーの独壇場 ・中国 中国メーカーとフォルクスワーゲンが優勢で以下どんぐりの背比べ こうした図式によって、北米の規制が猫の目のように変わると一番割を食うのは日本と韓国のメーカーとなる。 米国は、その環境規制に対する方針が定まらない。プリンシパルがないと言っても良い。そのグラグラ揺れる方針がようやく一つの方向に向かおうという時、トランプ大統領は急に逆向きに舵を切った。日本の自動車メーカーは今、米国の行方を見定めようと必死になっているはずだ。
-------------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある