【今週はこれを読め! ミステリー編】〈伝える〉のが難しい短篇集~斜線堂有紀『ミステリ・トランスミッター』
外見よりもずっと紹介が難しいミステリー短篇集である。 斜線堂有紀『ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に』(双葉社)は、幅広くジャンルを超えて活躍する新鋭作家の最新作だ。初出はすべて『小説推理』で、〈伝える〉というシリーズ名で掲載された五篇が収められている。 収録は発表順ではない。巻頭の「ある女王の死」は発表でいえば三番目の作品だ。これが最初に来ているのはダイイング・メッセージという、最もミステリーらしいギミックを使っているからだろう。榛遵葉という七十三歳の金貸しが腹部を刺された死体として発見される場面から話は始まる。遵葉はいわゆるヤミ金業者で、相手に高い利子で金を貸し付けていた。特徴はチェスマニアであることで、金を貸した相手と勝負をし、相手が勝てば支払いを待ってやるし、負けたとしても遵葉を満足させてくれるような対戦ができたら同様の温情を与えてくれる、というのである。 遵葉は、自らナイフを引き抜いた状態でこと切れていた。腹を一文字にかっさばいたような死体である。また現場には、血塗れのチェス盤が残されていた。盤面の様子から、対局が進んでいた状態であることはわかる。債務者がやってきていたのか。捜査陣は傍らにあった金庫を開き、ある発見をする。 これがダイイングメッセージの小説であるということは冒頭で言及されないが〈伝える〉シリーズの短篇であること、刑事がその可能性に触れることから、明かしてしまってもいいだろう。このあと、遵葉がなぜヤミ金の道に進んだのかという十代の出来事が描かれ、そこから現在までの伝記小説となる。展開のどこかに、ミステリーとしての仕掛けが隠されているのだ。この小説が、もっとも物語とミステリーの興趣が合致した内容になっている。 次の「妹の夫」は日本文藝家協会の年刊アンソロジー『雨の中で踊れ 現代の短篇小説ベストコレクション2023』(文春文庫)にも採られた作品だ。 荒城務は360光年先へと向かう宇宙航行士に選ばれた。ワープを繰り返しながら行くが、その間に地球では何百年という時が過ぎてしまうので、妻・琴音とはもう会えない。別れの辛さを紛らわすために務は琴音に頼み、映像を送ってもらうためのカメラを自宅に備えつけた。まさに今、最初のワープに入ろうという瞬間、そのカメラは衝撃の瞬間を伝えてきた。琴音が侵入者によって殺害されてしまったのだ。なすすべもなく務を乗せた宇宙船はワープに入る。再び通常空間に出て地球と連絡を取ろうとした務は、宇宙船に不具合が起き、地上に自分から情報を伝えづらくなってしまっていることに気づくのである。 まさに〈伝える〉ことを主題としたミステリーで、務がいかにして犯人の正体を遠く離れた地球に知らせるか、ということが興味の関心になる。何しろ地球と通信できる時間はごく短く、しかも上記の理由から万全なコミュニケーションはとれない。一度通信に失敗すれば、次に連絡を取れるのは何年後、何十年後、という後なのだ。このもどかしさを主人公と読者は共有するわけだが、ミステリーとしてはある要素が浮かび上がってくる。 これを、書けないのである。 ミステリー・ファンならば、そういうことを狙っているのか、と作者の企図に関心するところだが、ただし完全なネタばらしになるので、未読の人には言えない。単にSF的な意匠を使っているだけではなくて、それを利用してミステリー技巧のアレが切羽詰まった状態で使われるんだぜ、と言いたくなっても、アレについては明かせない。 なんて紹介しにくいミステリー短篇集なんだ。 おそらく、ミステリー技巧の何を使っているかを書きづらい順に作品は配置されているのではないかと思う。三番目の「雌雄七色」はSF的設定はなくて、家族の出来事を描いた小説である。脚本家の水島潤吾に一通の手紙が届く。実の息子である香取潤一からのもので、母・香取一花が亡くなり、遺品を整理していたらその中から潤吾に当てた七通の手紙が出てきたという内容だ。潤吾は一花と純一を捨てて、別の女性と再婚していたのである。この潤一のものと、一花の遺した七通の手紙で構成される書簡体小説で、これまたどんなミステリー的技巧が使われているかは言えない。「ある女王の死」「妹の夫」とは別の技巧なんだけど、どう違うかは言えない。 四番目の「ワイズガイによろしく」は、ギャング小説である。一九六八年のニューヨークを舞台にした小説で、犯罪組織のボスに忠誠を誓うシャックス・ジカルロが主人公だ。シャックスの身辺には奇妙なことが起きていた。そのままなら死んでしまうような事態を、あらかじめ知らせてくれる者があって逃れられた、ということが複数回あったのだ。その救い主は姿が見えず声だけの存在である。シャックスは相手をワイズガイと呼ぶようになる。ワイズガイには困った点があった。完全に危機を回避させてくれるのではなく、指示が中途半端なので、シャックスはいつもおかしな立場になるのだ。 ワイズガイとはいったい何者なのか、ということが謎の中心になる話、と見えるはずだがミステリー的な興趣はそこだけではない。設定を見るだけで読者の脳内にはいくつかの回答が浮かんでいるのではないかと思う。でも、そのどれが当たっていても本作をミステリーとして正しく読み切ったことにはならないのである。ミステリーとしての真髄は、シャックスがワイズガイが何者かをある程度見切った後に明らかにされる。そこで初めて、ああ、その技巧を使っていたのかと感心する仕組みなのである。ああ、伝えづらい。 最後の「ゴールデンレコード収録物選定会議予選委員会」がいちばんミステリーとしての要素を伝えづらい。本編の主人公は天文学者カール・セーガンである。一九七七年、セーガンは無人惑星探査機ボイジャーの打ち上げ計画に参加した。地球外生命体とボイジャーが接触した場合に備え、機内に人類の歴史を刻み込んだゴールデン・レコードを搭載する。そこに入れる写真を選ぶための会議が開かれ、わがままな応募者にセーガンが悩まされる、という話なのである。 今、ミステリーの要素はどこにあるのか、と疑問に感じた人は正しい。あらすじはまったくミステリー的ではないからだ。しかしこの会議が進行していく中で、あ、それはミステリーで使われるアレだよね、という技巧が使われる。ミステリー・ファンではない人はただ面白く読むだけだろう。ミステリーが好きな人だけが、なるほど、と頷くことになるのである。 そんなわけで五篇を紹介した。どれも抜群に面白いので買って損はない。上記の文章を読んだ人は、なんて〈伝える〉ことが難しい短篇集なんだ、と思ったのではないか。そう、読まないと〈伝えられない〉短篇集なのだ、これは。読書会とかやるといいんじゃないのかな。 (杉江松恋)