「このトラウマは、けっこう根深かった」劣等感を抱える女性が胸をえぐられる体験を元に描いた奈落の物語とは
鮎川:私はネガティブな性格なので、執筆中に限らず、しょっちゅう奈落を覗き込んでしまいます。自意識過剰だとは思うのですが、自分の欠点や能力の限界を見つけては落ち込んだり。素敵なことや立派なことを語っていても、途中から「いや、お前はどうなんだ」と思いはじめて、恥ずかしくなってきちゃうんです。 若い頃は、そういう自分の奈落を表に出さないようにしていました。でも、だんだん年を重ねるうち、もうこのままでいいか、自分のままでしかいられないしな、と思えるようになってきて。そこからは少し楽になりましたね。自分の奈落はもう全部知り尽くしていると思っていたけど、「本当はもっとあるんじゃないか」と、本作を書きながら感じました。 萩野:私は最近、思っていた以上に「これがトラウマだったんだな」という出来事に気づいて。私は子どもの頃から、「絵がうまい人」になりたかったんですよ。でも、小学校の時、学年で1番になるという目標を達成できなくて。中学でもやっぱり1番は無理で、それでも上手な子たちとは違う努力をして、どうにか自分の個性を出そうとがんばっていました。高校に入学するまでは、ワンチャン美大に行けないかなと思っていたんです。けれど、高校の美術の先生に「あなたには絶対無理」とはっきり引導を渡されました。 結果、普通の大学に進学しました。大学でも美術史の授業はあったのですが、私はそういう科目を一切選択していなくて。その理由を深く考えることは今までなかったんです。でも、最近になって、もう一度アートを勉強し直してみようと思うきっかけがありました。 昔から美術展に行くのが好きなのですが、美術展に行っても内容を全然記憶していないことに気づいてしまって(笑)。なぜ私はお金を払ってまで記憶できないものを見に行っているんだろう。そう思ったら、すごくざわざわして。結局、自分が空っぽであることを確認しに行っているんだろう、みたいな結論にたどり着きました。でも、とある展示を見た時にすごく刺さるものがあり、それでもう一度、アートを勉強してみようと思って今やり直している最中です。 大学に進学したタイミングで、美術に関するものを勉強する項目から一切外してしまったのは、「あなたには無理だよ」と言われた時、かなりショックだったんだと20年越しに気づきました。このトラウマは、けっこう根深かったなぁ、と。絵の能力に限らず、才能のある人に対して無条件でリスペクトを持ってしまう、みたいな回路が私にはあって、それが本作に登場する少女たちの考え方の元ネタになっています。 ──本書に登場する数名の少女が、了の才能に当てられて自分を見失ったり、好きな物事に向き合えなくなったりするエピソードと重なりますね。 萩野:そうですね。やっぱり才能に弱いんですよね。でも、それって怖いことで、才能と人格・モラルは全然関係ない部分なので。才能があるから何をやっても許されるわけではないんですよね。ここを見誤ると、奈落につながると感じます。