映画『チャレンジャーズ』──チャレンジャーは一体誰? ゼンデイヤを頂点にうごめく興奮の三角関係
ゼンデイヤ主演、ルカ・グァダニーノ監督の映画『チャレンジャーズ』。テニスプレイヤーたちがコート内外で繰り広げる愛のゲームを、ジョナサン・アンダーソンによるスタイリッシュな衣装とトレント・レズナー&アティカス・ロスによる音楽が彩る。 【写真を見る】ジョナサン・アンダーソンが手掛けた衣装をチェックする
『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ最新作
豪華キャストの強力アンサンブルもまぶしいルカ・グァダニーノの新作『チャレンジャーズ』は、テニスというスポーツのダイナミズムとプレイヤーの心理を創意を凝らして描く、と同時に、ひとりの女をふたりの男が愛する物語をスクリーンで観るとき、わたしたちがこれまでうっすらと感じていたことを、はっきりと可視化した映画である。「うっすらと感じていたこと」が何であるかは、この文章の中盤で触れることになるだろう。 ■次世代スター、ジョシュ・オコナーとマイク・フェイストの共演 開巻、テニスコートの中心をほぼ真上から捉えたショットがスクリーンに現われる。画面上でネットとラインが「X」の形を成している。対決を意味しているのか、それとも「未知数」を意味するXなのか。続いて、パトリック(ジョシュ・オコナー)とアート(マイク・フェイスト)の顔の超クロースアップが順に映る。ふたりは米国NY州ニューロシェルにあるこのコートを舞台に、チャレンジャーの決勝戦を戦っているところだ。 ■ゼンデイヤ演じるタシはアートのコーチであり妻であるが…… アートは世界トップクラスのテニスプレイヤー。ランキング下位選手の登竜門的大会であるチャレンジャーには、本来出場する格ではない。しかし、負傷後スランプになっているアートに自信を取り戻させるため、コーチでもある妻のタシ(ゼンデイヤ)が、ワイルドカード枠を利用して出場させたのだ。 10代のころスター選手だったタシの右膝には、選手生命を断った傷の跡が残っている。アートと並んで写るアストン・マーティンの広告のゲラに、彼女は朱を入れる――「GAME CHANGER」というコピーの末尾に「S」をつけ、「GAME CHANGERS」へと修正するのだ。アストン・マーティンを指していたのかもしれない単数形のコピーを、「わたしたちカップルは対等な関係のチームだ」と強調するかのごとく、タシは複数形にする。 以後、映画はパトリックとアートが戦う決勝戦(2019年)を主軸に、その試合前の数日間、3人が出会った2006年とその後の3年間、および、2011年のとある出来事とを行き来しながら進む。それぞれのエピソードがいつ起こったかはテロップなどで明確に示されるので、観ていてそれほど混乱することはない。 ■タシが言う「テニスとはすなわち”関係性”」が意味することとは 2006年、同じテニススクール出身のパトリックとアートは、ダブルスでペアを組み、全米ジュニアで優勝する。ふたりは女子シングルの決勝を観戦し、噂の大スター、タシのプレースタイルと姿に魅了される。その夜のパーティーで3人は意気投合、会場を抜け出して海岸へ。コペンハーゲンのマーメイド像のように岩に腰かけたタシがふたりに語る。テニスとは”relationship”すなわち「関係性」だと。ボールを交わすうちに対戦相手を深く理解し、ついにはふたりだけで彼方の美しい世界へと至るのだ――わたしたちは、タシのこの言葉が、のちにこの映画のテーマと深く関わってくるだろうことを予感する。 ■三角関係を巧みに操るタシ タシはパトリックと交際を始める。裕福な家庭の出身で、ある種の魅力的な傲慢さがサーブのフォームにも表われているパトリックと、生真面目で控えめなブロンドのアート、およびカリスマ的なタシの3人は、絶妙なバランスを保ちながら完璧な正三角形を形成する。タシとアートがスタンフォード大学へ進んだ一方、プロ選手になったパトリックは伸び悩む。アートの存在だけでなく、テニスプレイヤーとしての譲れないプライドも、タシとパトリックの不和の原因となる。 ■”略奪愛”とは何のことなのか さてここで、冒頭で触れた「わたしたちがこれまでうっすらと感じていたこと」である。キリル・セレブレンニコフの『LETO ―レト―』(2018)を以前紹介したときにも書いたことだが、男ふたりと女ひとりの三角関係を描く映画においては、なぜか、ほんとうに愛し合っているのは男ふたりであるかのように見えることが多いのだ。『チャレンジャーズ』はまさにこの側面を突き詰める。実際、初対面の夜、アートとパトリックのどちらかと交際する可能性はあるかと問われたタシは、「”略奪愛”はごめんだ」と質問をかわす。パトリックもアートもこの時点ではまったく自覚していない真実を、タシは初対面で見抜くのだ。スタンフォードのカフェテリアで、アートの座る椅子をパトリックが足ですっと引き寄せるところなど、何気ない動作すべてが人物相互の関係を物語る。 大学卒業後プロ選手となったアートは、大怪我でキャリアをあきらめたタシをコーチにして、みるみるトッププレイヤーへと駆け上がっていく。彼女と家庭をも築くに至り、アートは完全にパトリックに勝利したかのように見えたが、ことはそれほど単純ではない。やがてわたしたちは、タシこそがすべてを動かしているのだと知るだろう。「GAME CHANGER」はやはり単数形でよかったのかもしれない。彼女こそが、彼女だけが、「GAME CHANGER」だったのかもしれない。ちなみに、チャレンジャー決勝戦の審判を演じているのは俳優ではなく、ゼンデイヤのアシスタントかつ親友であり、彼女のファンにはおなじみの人物、ダーネル・アップリング。フォトジェニックだからという理由で起用されたのだろうけれど、あたかもタシ=ゼンデイヤとその分身とが、コートをはさんでゲームを支配しているかのようでもある。 ■通常の映画と一味違う映像、衣装、美術、音楽 劇作家ジャスティン・クリツケスが手掛けた初の映画脚本は、ところどころユーモアも盛りこみながら、モチーフの反復を多用した緊密な構成になっている。その緊密さは「グァダニーノ作品らしくない」印象を与えるかもしれないけれど、ここまで述べてきたテーマも、身体の美に耽溺する姿勢も、とてもグァダニーノ的だと思うし、終盤の重要シーンでは、待ってましたとばかりに極めてグァダニーノ的な嵐が吹き荒れる。 日本の観客はユニクロのウェアにばかり目がいってしまいそうだが、衣裳を担当したのは「JW アンダーソン」「ロエベ」を手掛けるジョナサン・アンダーソン。ペアルックらしい「I TOLD YA」(だから言ったじゃないか)と大書されたTシャツを、タシとパトリックがそれぞれどのシーンで着ているかにも注目してもらいたい。また、試合シーンだけでなく人物の感情の衝突にも並走する、トレント・レズナー&アティカス・ロスの電子音楽も、癖になるよさだ。 ■こんな撮り方ありなのか さて、チャレンジャー決勝戦はマッチポイントを迎える。ピントを外したり戻したりしつつ、カメラが揺れながらパトリックに接近する。ボールの動きに合わせて首を左右に振る観客たちのなかで、タシはもう首を振ることができず、ただ正面を向いたままでいる。ここから先をグァダニーノがどのように撮るか、この先何が起きるかは恐ろしすぎて言えない。スローモーション撮影がこれほど雄弁たりうることもまたとない。躍動する身体が、タシとパトリックとアートの13年間が、圧倒的な高揚感とともに讃えられる。 『チャレンジャーズ』 6月7日(金)より全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. © 2024 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. All Rights Reserved.
文・篠儀直子、編集・遠藤加奈(GQ)