初舞台以来8年ぶりの倉持裕とのタッグで、林遣都が今の自分のすべてを注ぎ込む。
自分が大事にしてきたことを信じて
──倉持さんが久しぶりの林さんと一緒につくりたいと思われたのは、『帰れない男』というタイトル通り、親切にした女性に招かれて来た屋敷から帰れなくなる、というちょっと不思議な物語。発表時に倉持さんは、「舞台に出現する不可解な世界は、たいてい主人公の精神から発生していて、すると自ずと、そんな風に世界を丸ごと構築してしまうような、強い精神力の持ち主に見える俳優が必要になってきます。そこで、それには林遣都がぴったりだと思いました。あの頑なな目。直進が似合う身体――。僕が彼に感じる魅力は、着実にキャリアを積み重ねてきたことで、より濃くなっている」というコメントを寄せられていました。 あの倉持さんの言葉は本当にうれしかったです。いつからか僕がお芝居をするうえでとても大事に思うようになった部分を、見てくださっていたんだなと。 僕は、役者が見たもの、想像したものを信じて魂を込めて演じていれば、同じものがお客さまにも見えて伝わるはずだというような、お芝居の可能性みたいなものを追求してやっているところがあるんです。不可解な世界が描かれる今回は、見えないものを想像して自分の中に落とし込んでいくことがより重要になると思うので、自分が大事にしてきたことを信じて、ぶつかっていきたいと思います。 ──その不思議な世界には、林さん演じる屋敷に招かれる男と、招いた若い女(藤間爽子)、女の年の離れた夫で屋敷の主人(山崎一)、連れ戻しに来る男の友人(柄本時生)といった人物が登場します。どんな人間模様が展開しそうでしょう。 今回登場するどの役もみんな何を考えているかわからないんです(笑)。山崎一さんは、『友達』(21年)という舞台でご一緒して、あんなに何を考えているかわからない怖い目はないと思って憧れたので、今回も怖くてしょうがないだろうなと思いますし、ほかの初共演の方々とのお芝居も本当に楽しみです。恐らく、欲望や執着心、謙虚でいるつもりで実は人に対して優位に立っていたい気持ち──わかりやすく今風に言うとマウントを取りたがる感じ──とか、人には言えないけど自分にもあると認めざるを得ない恥ずかしい部分が、どの人物にも出てきて、人間ってこういう弱くて滑稽な生き物だよなとひしひし伝わってくると思います。 ──演劇を続けてきて、今、舞台はご自身にとってどんな場所になっていますか。 お芝居をするうえで自分が変化したり向上したりしていることを、最も実感できる場なのかなと思います。やればやるほど、お芝居の新しいスキルみたいなものを身につけることができますし、これは一生続けなければいけないことだと思っています。そして、観る側としても、舞台は絶対になくてはならないものだと思っていて。それこそ倉持さんの作品も、登場人物や物語の細かい説明がなくても、演じる側と観る側の想像力でどんどん作品の世界が広がっていく。そういう共有ができるのは、何とも言えない魅力的な空間だと思うんです。とくに今の時代は、想像する力が失われて、ちゃんと物事や人の本質を見ることができなくなっているんじゃないかとも思うので。想像力が衰えないようにそこに刺激を与えられる舞台は、大切にしていかなければいけないなと思います。