【箱根駅伝】駒大・篠原倖太朗は2区4位「手を使い登りたくなる感じ」“戸塚の壁”を実感
<第101回箱根駅伝>◇2日◇往路◇東京-箱根(5区間107・5キロ)> エースが集う2区(23・1キロ、鶴見中継所~戸塚中継所)で、駒澤大(駒大)の主将篠原倖太朗(4年=富里)は1時間6分15秒で区間4位だった。 【動くグラフ】箱根駅伝・往路の順位変動 2位でたすきを受けたが、東京国際大のエティーリ、青山学院大(青学大)の黒田朝日、創価大の吉田響に抜かれ、5位に順位を落としてたすきリレー。「途中まではかなりいいペースで押せていたけれど、上り坂がキツいですよね」と苦笑い。坂は苦手と認めたうえで、「(2学年上の)田沢さんとかも上りが苦手なほうだけれど、その中でもこういうタイムで走っていた。圧倒的な力があれば適性は関係ないと思って臨んだ2区だったけれど、黒田君とか吉田響くんとかを見ると、適正には勝てないなと思います」と分析した。 初めて臨んだ花の2区。中盤には権太坂、さらに終盤には「戸塚の壁」と呼ばれる難所が待ち受ける。「坂ではなくて壁でしたね。手を使って登りたくなるような感じだった。23キロ走ってのこれだとキツいですね」と実感を込めた。 スタート前に設定したタイムは1時間6分30秒。その数値はクリアし、例年なら区間賞となっても不思議ではないタイムで駆け抜けたが、この日はさらに上をいく走者が3人いた。「記録だけ見たらいいタイムで走れたかなと思うけれど、着順で見ると抜かれてしまった。流れとしてはあまりたぐり寄せられなかったのかな」。チームを勢いづけられず、悔しさをにじませた。 入学時は下から2番目に相当するBチームからのスタート。そこから実績を積み重ね、少数精鋭のSチームに入った。「ただただ強い先輩たちに憧れて、背中を追いかけた4年間。自分の力のなさを痛感したりとか、あらためてセンスのなさを感じたりもしたけれど、あらためて幸せだったなと思える大学生活でした」。最終学年では主将として、名門チームを力強くけん引してきた。 3区の谷中晴にたすきを渡す直前、伴走車(運営管理車)の藤田敦史監督から「ありがとう」と声をかけられた。その指揮官についてエースは「あの人は本当に冷静なんですが、最後の声かけだけは熱くなってくれた。だから自分もラストに振り絞れた」と感謝した。【奥岡幹浩】