なぜ歯をなくした?口ばしが進化した現在のトリ 垣間見える恐竜たちの姿
(2)と(3)の成長プロセスと突然変異に関して、さらに興味深い事実を一つあげてみたい。ニワトリなど現生の鳥の成長段階において、卵の中の時期に「歯のようなもの」が、一時あらわれる個体の存在が確認された(Harris等2006)。この現象は非常にまれに現れるらしい(そのため「突然変異」に区別される)。そしてこの歯のようなものは、早期の成長段階のほんの限られた時期に現れるにすぎない。(現生種の成長した鳥の個体において、私は歯の存在を聞いたことがない。) Harris MP, Hasso SM, Ferguson MWJ, Fallon JF (2006) The Development of Archosaurian First-Generation Teeth in a Chicken Mutant. Current Biology 16 (4):371-377. doi: 鋭く見栄えのする歯は中生代の肉食恐竜の代名詞だ。しかし「チキンサウルスの誕生か!」と色めき立つのは少し早計なようだ。このニワトリの歯のデータは、現生のトリたちが「歯を形成するための遺伝子」をいまだ失わず備えている可能性を強く示している。いわば進化プロセスにおける中生代の恐竜たちの名残。「恐竜は現在も生きている。それを我々は鳥と呼ぶ」アメリカの恐竜学者ロバート・バッカー(Robert T, Bakker)博士が今から40年近く前に残したせりふがこだまする。
さて鳥類の進化上、歯の喪失と前アゴの骨の変化は、どうして重要なのだろうか? 体の構造全体を考察する上で興味深い可能性が一つ指摘されている。Bhullar等(2015)の研究によると、先述した「上前顎骨の延長」は、頭蓋骨の形の変化をもたらした傾向がある。具体的には「脳のサイズの拡大化」と強い関連がみられるそうだ。 Bhullar B-AS, Morris ZS, Sefton EM, Tok A, Tokita M, Namkoong B, Camacho J, Burnham DA, Abzhanov A (2015) A molecular mechanism for the origin of a key evolutionary innovation, the bird beak and palate, revealed by an integrative approach to major transitions in vertebrate history. Evolution 69 (7):1665-1677. doi:10.1111/evo.12684 現生の鳥たちは、他の脊椎動物(特に魚類、両性類、爬虫類)と比べて、より知能が発達しているといえる。渡り鳥の群れにおける秩序のとれたきれいな隊列や、吹雪の中、卵を丁寧に抱きしめるペンギンの母親の姿などを思い出すまでもない。込み入った社会性を持つ種もいれば、子育てをきちんと行うものもいる。オスメスの求愛行動などにおいて、かなり複雑なものもみられる。こうした習性は、大きくなった脳の産物といえるだろう。 現在の鳥の多様性は、中生代に起きた「歯の喪失」からはじまったのといえば大げさだろうか。立派で見栄えのする歯を捨て切れなかったたくさんの中生代の恐竜グループが、大絶滅へと向かっていったのはただの偶然か、それとも必然か。新年の初夢とともにそんな太古のストーリーが私の胸をよぎった。