中国人から買った家、亭主のいぬ間に住み着いたナゾの侵入者は「ミシリ君」? コトもなげに話す…豪胆な妻のお墨付き
【椎名誠の街談巷語】 わが家は都内のデコボコ山の上にあるオンボロ家だ。二十年近く前に、建て主だった中国人から買ったものだ。 鉄筋コンクリート造りで地震には強い建造物と言っていた。「つまり大地の構造を考えて賢くつくってある」と売りこまれた。いきなり中国四千年の歴史の知恵のカケラを買うとはおもわなかったが、決めたのはその理由が大きかった。売値は予想よりも高く、だいぶふっかけられた気もしたが、三階建てで、屋上階には樹を植えられる。すべての出入口と窓もセコムの頑強なガードによって、なにかが入り込んでくるのは難しいらしい。 ところが最近、夜中にトイレにいくときとか、急ぎ外出しようとするとき、階段の踊り場などになにか生き物の気配がするのだ。気味が悪いことに、歩いていくと、フローリングの床が「ミシッ」「ミシッ」なんてこちらの接近に反応する。妻にそのことを言った。 「あっ。ミシリ君ね。また出てきたのね。暑いからねえ。あいつ、前から天井裏あたりにいるのよ」 つまり、わが家になにかいるらしいのだ。そのようなコトをコトもなげに話している女というのは剛胆である。どうということもなくそう答えるので、かえってこっちがあわてた。 ええ? そうなのか。ぜんぜん知らなかった。本当かよ。あれはオトコだったのか。しかも名前までついているとは。 ミシリ君かあ。ヒト見知り…の? ふーん。名前のセンスあるぞ。 それにしても亭主のいぬ間に…。もっとも彼女はむかしから剛胆な女だったのだ。アフリカネイティブにまじって砂漠にいったり、半年間ほどチベットの標高五千メートルの荒地を馬で旅していたこともある。それらの体験からだろう。たいていのことではひるまない。むしろこっちのほうが臆病である。 このようにして(たぶん)「ミシリ君」もしくは「ミシリィ」については、ぼくは、ヤツが住み着いてだいぶたってから知ることになった。 そして、どうやらこの侵入者はハクビシンらしい。いまあちこちで繁殖しているようだ。ただ、これがいるといま大流行りの都会ネズミなどが住み着かないそうである。