【特別インタビュー】鬼才ローレンス・ディッキー氏、VIVID AUDIO「MOYA M1」を語る
今年のインターナショナルオーディオショウで、Supremaと同じくらい話題になったプロダクトのひとつが、VIVID AUDIO(ビビッド・オーディオ)の「MOYA M1」である。Bowers&Wilkinsの伝説的スピーカー「オリジナル・ノーチラス」を開発した鬼才ローレンス・ディッキー氏が立ち上げたVIVID AUDIOは、これまでも「GIYA」「KAYA」など曲面を活用した独特の形状のスピーカーで市場を驚かせてきた。 今回の「MOYA 1」は、これまでのモデルを大きく凌駕する5ウェイ・13ドライバーの方式のスピーカー。長い奥行きと、もこもこと左右に膨らんだ形象は、『風の谷のナウシカ』に出てくる王蟲を思わせる奇抜なデザインだ。 だがそのサウンドの透明感の高さ、ストレートで素直なサウンドキャラクターは、ミュンヘンで初めて聴いて以来耳に残って離れない。そしてその感動は、東京ショウでも改めて蘇ってきた。ローレンスさんの講演は、ステラの部屋が満員になるほどに人が溢れていたが、それでも透明度高くストレートなサウンドはまっすぐ耳に飛び込んできた。 ローレンスさんはなにを考え、これほどのスピーカーを作ったのか。気難しいエンジニアかと思いきや、お茶目でオーディオ愛にあふれる彼に、改めて製品開発の背景について話を伺ってみた。 スタジオモニターの極限の再生能力を追求 ーーVIVID AUDIOの「MOYA M1」が日本に初上陸しました。先程聴かせていただきましたが、とても大きくて存在感のあるスピーカーですね。 ローレンス:みんなに同じことを言われるんだけど、でもそんなに大きくないですよ。だってソナス・ファベールと違ってステレオ2本だけですからね(笑)。とはいえ、そう、おっしゃるとおりにとても大きなスピーカーです。大きめの冷蔵庫くらいのサイズでしょうか。 ーー(笑)。なぜこれほどまでに巨大なスピーカーを作ることを考えたのでしょうか。 ローレンス:今回MOYA M1を作った最大の理由は、“究極の明瞭さ”を追求したいということです。スタジオモニターの極限の再生能力を持ったスピーカーを作りたい、そのために低域の拡張と音圧の拡大、それを追求しています。 ーーこの製品の開発には何年くらいかかったのでしょうか? ローレンス:構想、という意味ではブランドを立ち上げてからずっとだから、もう20年以上になります。でもこの製品に取り掛かった、という意味ではちょうど2年くらいかな。2021年の11月から考え始めて、24年の1月に最終デザインが完成した。2年と2か月ということになるね。 ーー5ウェイ13ドライバーとこれまでにない数のユニットを積んでいますが、これはどのような理由があるのでしょう? ローレンス:スタジオモニターの能力を持ったスピーカーを作りたいと考えたら、この数のユニットが必要になったんです。GIYAは4ウェイスピーカーとして構築していたけれど、それでは足りないことが分かった。だからMOYA M1では5ウェイとして設計しています。 ーーあの形状はどこからインスピレーションを得たのでしょう? ローレンス:形はすべて「機能」から来ているものです。フロントに4ウェイ(5基)、それから左右にウーファーが4基ずつ、合計8基のベースユニットが装着されています。左右同じ数の低域ユニットを配置することはシンプルで、そしてもっとも合理的なやり方だからです。左右でユニットの動きをキャンセリングすることができるからです。 このデザインは、「KAYA」のデザインを担当してくれたマット・ロングボトムさんに再びお願いしました。彼のセンスを信頼していますが、アコースティックに影響を与えるデザインであってはならないと考えました。 ーー曲面を多用した独特なデザインですね。 ローレンス:このなめらかなデザインは私が考えたもので、それを元にマットさんにアイデアを出してもらいました。彼には、回折や干渉を最小限に抑えるデザインにして欲しい、とお願いしました。それは周波数に歪みをもたらすからです。実はKAYAの最初のデザイン案は今のようにラウンドしたものではありませんでした。それではアコースティックとして良くないので、いまのデザインに修正したのです。 MOYA M1も最終デザインが決まるまでは大変な試行錯誤を重ねました。最初はもっとシャープなデザインだったのですが、それは音に悪影響を与えると分かりました。もっとなめらかなものでなければならないのです。 ですが、すべてをなめらかにすればよい、というものでもないのです。実は一番下の部分は四角くなっています。四角い部分と曲面、その組み合わせが大切です。 ーーMOYA M1は分割することができるのでしょうか? ローレンス:ええ、いくつかのパーツの組み合わせによってできています。モジュールみたいなもの、といえばいいでしょうか。ベースユニットがそれぞれ独立していて、中央のキャビネットと分離できるようになっています。ほら、ディーラーさんが大きなスピーカーを階段で持ち上げるのに大変な苦労することがあるでしょう。そういう迷惑をかけたくなかったんです。 私はプロオーディオ機器の現場で働いていたこともありましたが、プロ向け機材ではモジュール方式で組み合わせて使うことも多くありました。ですから今回のスピーカーもそういう方式にしたのです。それぞれのパーツは60kg以下にしています。これならば男性2人いれば運ぶことができますからね その代わり、それらのパーツのひとつひとつは非常に精度高く作らなければなりません。そうしないとうまく組み上げることができないからです。 ーー他に開発で苦労した点はありますか? ローレンス:最後にクロスオーバーを調整するのが本当に大変でした。これは本当に苦労しましたよ。アコースティックとクロスオーバーは非常に密接な関係があるからね。でも、結果にはとても満足しています。 クロスオーバーはすべてパッシブで構成されています。なぜアクティブを使わないのか、と聞かれることもありますが、パッシブでも十分にいい仕事ができると考えているんです。それにアンプが別途必要になりますよね。MOYA M1を鳴らすために5つもアンプが必要になるなんて! ーーキャビネットの素材は何を使っているのですか? ローレンス:これは真空注入成形されたカーボンファイバーのコンポジットです。VIVID AUDIOのスピーカーにはすべてこの素材を使っています。真空の圧力で、グラスファイバーやカーボンを非常に強く圧縮させ、そこに樹脂を流しこむことで、軽くて曲げに強い強靭なマテリアルを作ることができるんです。これはレーシングカーや航空機などに使われている技術です。 それに加えて、MOYA M1にはカーボンエポキシを使っています。非常に優れた特性を持っていて、とても精密に整形することができます。モジュールとして組み立てるためには、とにかく精度の高い設計が必要でした。 ーー今回のデモンストレーションでは、GOLDMUNDのアンプで再生していましたが、サウンドはいかがでしたか。 ローレンス:素晴らしい音でした!なにもこれ以上望むものはありません。みなさんによく「何のアンプがおすすめですか?」と聞かれることがありますが、それについては私から答えられることはなにもありません。ただ一つ言えるのは、質の良いスピーカーは、他の機器の実力をあらわにしてしまうものだ、ということです。ですから、みなさんがお好きなアンプを組み合わせていただければそれが良いのです。 ですが、VIVID AUDIOのスピーカーは、アンプの違いをしっかり描き出してくれると確信しています。真空管アンプでも、半導体でも、クラスAでもなんでもいいのです。 ーーミュンヘンではmola molaのアンプと組み合わせて鳴らしていましたね。 ローレンス:ミュンヘンではそう、mola molaでした。あれもとてもいいアンプで、とにかくコンパクトです。時々、オーディオファンは耳で聴いているのではなく目で聴いてるんじゃないか、と思うことがあります。でも、見た目やサイズでは音は分かりませんからね(笑)。 ーーステラとも非常に長い取引関係がありますね。 ローレンス:2008年頃からディストリビューターをお願いしていると思います。最初に会ったのは2006年だったんじゃないかな。(亡くなったステラ代表の)西川さんは、ブランドの立ち上げのときにとても協力してくれました。私たちが今こうしていられるのも、西川さんのおかげだと感じています。 ーー将来のプロダクトについての計画はありますか。 ローレンス:正直に言うと、いまはあまり考えていません。というのはとにかくいまは世界各国のオーディオショウ回りで大忙しなんですよ。だから、少し落ち着いて考える時間が必要ですね。2025年になったらなんか考えるんじゃないかな(笑)。 ーー素晴らしいプロダクトを生み出していただいてありがとうございました。今後の展開にも期待しております。
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈