「エグすぎてトラウマ…」鬼才・永井豪が手がけた「震えるほどゾッとする」異色短編の世界
■現実と虚構の境目がなくなる恐怖『くずれる』
続いて紹介する『くずれる』はシュールなSF作品だ。街を歩いている青年・木村が、突然見知らぬ中年男に声をかけられるところから始まる。男は「連絡をよこさないからみんな心配してる」と言うが、木村には心当たりがない。その後、ふたりのあとをつけてきた男たちを、中年男は怪光線の出る銃で皆殺しにしてしまう。 驚く木村のことを「ビオ」と呼ぶ中年男は、彼のアジトへ連れていく。そこには、やはり木村を「ビオ」と呼び、大喜びで出迎える人たちがいた。彼らは地球侵略をもくろむ「ボア星人」であり、木村もその仲間だという。 中年男が人間の顔のマスクを外すと、グロテスクな本当の顔が現れた。まわりのボア星人たちも次々と正体を現し、木村に「あなたもマスクをとっちゃったら」と呼びかける。ボア星人たちは、木村は事故で記憶をなくしただけだと説明し、それを聞いた木村は衝撃を受ける。 ところが驚きの展開が待っていた。なんとすべて木村の友人たちのイタズラだったのだ。今でいうところの「ドッキリ」である。ボア星人の顔はすべて二重マスクだった。 ネタバラシのために素顔に戻った友人たちが木村のところへ戻るが、追い詰められた木村の顔は「ズルッ」と……。 虚構が現実を凌駕してしまう恐怖もさるところながら、シンプルに絵柄がエグくて怖い。これも初出は1971年発行の『週刊少年マガジン』だった。このようなシュールな作品を掲載できる当時の少年漫画誌は、今よりもずっと間口が広かったと思わざるを得ない。
■還暦を迎えた老人の悲惨な運命『赤いチャンチャンコ』
最後は1973年に発表された『霧の扉』という連作の中の一編『赤いチャンチャンコ』を紹介しよう。 息子夫婦と幼い孫に囲まれて幸せそうな老人がいた。今の暮らしに満足している老人は、「これ以上何も望まない」と思いながら眠りにつく。翌朝、めざめた老人の枕元には、ドス黒いチャンチャンコが置かれていた。この日は老人の60歳の誕生日であり、この世界では還暦のお祝いに赤いチャンチャンコではなく、黒いチャンチャンコが贈られることになっていたのだ。 息子夫婦だけでなく、町内の人々からも還暦を祝われる老人だが、本人は「こんなチャンチャンコなんかきたくない」と必死に抵抗する。老人が連れていかれた神社には、さらに多くの人たちが集まっていた。 そして無理やり黒いチャンチャンコを着せられた老人に火が放たれると、勢いよく燃えあがりはじめる。 人口増加対策のため、政府は「六十歳停命」を立法化し、60歳を迎えた老人には故事にならって赤いチャンチャンコを贈ることにしていた。色が黒かったのはガソリンを吸っているからであり、火を放つと赤いチャンチャンコに変わるのだ――。 ギャグタッチで描かれている分だけ、心底怖くなる短編である。現実の日本では人口爆発は起こっていないが、高齢者人口の割合は増え続けているだけに、よけい作品に対する恐怖が増す。 天才漫画家、永井豪といえば長編作品のほうが話題になりがちだが、短編にもこのような恐ろしいトラウマ作品が少なくない。あらためて短編にも注目してもらいたい。
モミアゲくん