佐野元春、浜田省吾、中島みゆき、サザン...音楽評論家・田家秀樹&スージー鈴木が語り継ぐ「80年代に格闘した挑戦者たち」
スージー 80年代は、シティポップという言葉はまだなかったけれども、やっぱり洋楽が偉くて、邦楽だったら、はっぴいえんどやナイアガラ方面が偉くて。佐野元春はおしゃれだったからOKだったんですけど、メッセージソングは忌避してて。「浜田省吾を聞いたら負けだ」ぐらいに思ってたんです。 でも僕が今、浜田省吾にこだわる理由というのは、やっぱり問題の本質を見せつけられるっていうか。直視したくなかった環境問題や貧困問題、ジャパンバッシングなどを歌っていたからでしょうね。若い頃は、もっとおしゃれでクリスタルな気分でいたい学生なのにっていう気持ちで抵抗してたと思うんですね。 田家 でしょうね。これ、本に書きましたけど、尾崎豊がデビューしたときに3つの反応があったんですよ。彼は17歳でデビューしたので、同世代の学生の反応は「尾崎くん、私達の思ってることを歌ってくれた」だった。ちょっと上の20代で既に働いている人は「暑苦しくてイヤだ。なに、あのうざったいの」って言ってて。 スージー なにアンプから飛び降りてんねん!って(笑)。 田家 ふふふ。でも、その上の世代の僕らのように学生運動をどこかで引きずってるようなやつは、「こういうの待ってた」って。もうはっきり分かれましたね。スージーさんが浜田省吾を「暑苦しい」と感じたのはそれですよ。こんなに楽しく生きてるのに、なんでこんな面倒くさいやつが出てくんのよ!みたいな感じがしたんじゃないかな。 スージー まさにその通りですね。中島みゆき「ファイト」(1983)はリアルタイムで知らなかったし、聞いていたとしても当時一番嫌いなタイプの曲だったけど、今は一番好きですからね。やっぱり、コレステロール値が200を超えるぐらいにならないとわからない音楽っていうのがあるんですよ(笑)。浜田省吾と中島みゆきは、自分がロックンローラーからコレステローラーになってからわかってきましたね(笑)。 田家 それはいい大人になってるってことですよ(笑)。 スージー 「ファイト」がわかるのはいい大人だと思いますね。自分は若い頃わからなかった。浜田省吾も中島みゆきも、聞く側が年齢を経て、人生経験を重ねたときにわかるようになる。浜田省吾の話をするのは多分、健康にいいと思いますよ。今この瞬間、血糖値とコレステロール値が下がってる(笑)。浜田省吾の話っていうのは、喋ってると幸せになるんですよ。 ■「最も功績が無名なアーティスト」 ――スージーさんが思う80年代を象徴するアーティストは誰ですか?