名家一族の4人が惨殺され、当主は行方不明…無数の呪いや呪物に一歩間違えば「死」が待つ『さかさ星』とは(レビュー)
異常な論理に心を狂わされる。 ミステリーからSFまで、ジャンルを横断して活躍し続ける貴志祐介が、自身最高傑作の長篇ホラーを発表した。『さかさ星』である。 福森氏は戦国時代から続く地方の名家である。その福森家の屋敷で、こどもを除く一族の四人が同時に惨殺される事件が起きた。当主である八重子はその晩に異常な行動をとり、以降行方不明になっている。八重子の妹である中村富士子とその孫の亮太が、事件後に福森の屋敷を訪れる場面から物語は始まる。 祖母に依頼された賀茂禮子という霊能者が二人に随行してきた。彼女は屋敷に足を踏み入れた途端、建物が呪いに満ちていることを指摘する。福森一族が家宝として大切にしてきた名品は、どれもこれも血塗られた因縁を持つ怨念の器だったのだ。何者かが福森の血筋を根絶やしにしようとしていると禮子は言う。 情報量が半端ではなく、福森家にかけられている無数の呪いがどのようなものかが説明される序盤だけでも眩暈がするほどの密度がある。民俗学や宗教学の知識が駆使され、壮大な魔の伽藍が組み立てられる。 何が祟るか、に続き、誰がやっているのか、が謎の中心となるのが中盤で、ここからは誰も信じられなくなる宙吊りの状態が始まる。読者はその不安さに耐えかねて急いでページをめくることだろう。そして突入する終盤は、呼吸もできないほどの迫力に満ちたものだ。 この展開だけでも十分なのに、作者はミステリー的な論理の興趣を物語に加えている。亮太が助かるためには、呪物の中で本当に危険なものを見極めなければならない。つまり推理力を働かせ、証拠品を一つずつ検討して不正解の選択肢を排除しなければならないのだ。一歩間違えば死あるのみ、である。こんな緊迫した謎解きはまたとない。貴志の作家としての膂力を改めて認識した。娯楽小説の精髄、ここにあり。 [レビュアー]杉江松恋(書評家) 1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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