カン・ドンウォンが明かす、オカルト・バトルアクションムービー『憑依』撮影秘話。『プリースト 悪魔を葬る者』との共通点も
韓国ではいま、オカルト作品が熱い。これまでも土着の巫俗文化を足がかりにした映画やドラマが数多く作られてきたが、豹変するキム・テリの演技が高評価を受けた「悪鬼」や、韓国で1100万人以上の観客を動員した『破墓 パミョ』(10月18日公開)など、近年特に観客の恐怖と興味をそそる作品が増えてきている。まもなく日本で公開される『憑依』(9月6日公開)は、ジャンルの層の厚さを感じさせる一風変わったオカルト・バトルアクションムービーだ。今回、主役のチョン博士役を務めるカン・ドンウォンのインタビューが叶った。説明不要のスターオーラをまといながらも、登場するなり「初めまして!…あれ?もしかしたら初めましてじゃないかな?」と流暢な日本語で気さくに話しかけてくれたカン・ドンウォン。一昨年の釜山国際映画祭のトークで「A級のおもしろさ」と胸を張った本作の見どころと撮影秘話に始まり、キャリアを経て変化した演技への向き合い方など、短い時間ながら彼の俳優としての熱意が垣間見えた時間だった。 【写真を見る】「個人的に漫画が好きなので、ウェブトゥーン原作という点も気に入った」と語る ■新人監督の新鮮な脚本に胸を躍らせて出演快諾!『プリースト 悪魔を葬る者』との共通点も 動画サイトでオカルトチャンネル「天のチョンTV」を運営する祈祷師のチョン博⼠は、助⼿インベ(イ・ドンフィ)と共に依頼⼈を騙しては除霊と称したインチキな儀式で金儲けをし、親代わりのファン社長(キム・ジョンス)を呆れさせる毎日。ある⽇、ユギョン(イ・ソム)という⼥性から「悪霊に取り憑かれた妹を助けてほしい」と依頼される。ところが偽の除霊を始めた瞬間、いつもは反応しない呪具の鈴が反応。実は強力な悪霊の梵天(ホ・ジュノ)が手下を使い、生身の人間に取り憑いていたのだ。チョン博士とユギョンは梵天にさらわれた妹を取り返そうと死闘を繰り広げる。 霊が見えないゆえに存在も信じない軽薄な性格から、本格派のエクソシストへ変貌していくチョン博士のキャラクターと豪快な展開が見どころの本作は、韓国では公開初日から6日間連続で観客動員数1位を記録した。新人のキム・ソンシク監督がウェブトゥーンを原作に仕上げた本作は、カン・ドンウォンもシナリオを手にした時からその新鮮さに惹かれたと話す。 「ホラーやオカルトジャンルなのにライトな感じなのがとても楽しかったです。当初はカーチェイスシーンがもっと長くて、完全なアクションムービーだったんですよ」 その後、改稿が重ねられ、キャラクターの心理描写がより掘り下げられる形となった。カン・ドンウォンの熱心なファンなら、悪霊に取り憑かれた少女へ悪魔祓いをする『プリースト 悪魔を葬る者』(15)で演じた補助司祭アガトを思い起こしたのではないだろうか。彼は神学校の問題児でお茶目なところがあるが、幼いころ、犬に襲われた妹を恐怖で助けられなかった自責の念で長く苦しんでいた。アガトにとって、悪霊との死闘は自分自身の恐怖の克服の道程でもある。チョン博士も伝統ある祈祷師の末裔だが、忌まわしい記憶のせいで素性を隠していた。悪鬼へ立ち向かいながら過去の悲劇も乗り越えようとする要素があり、平凡な娯楽作品から一歩抜け出せている所以だ。 「どちらの作品も私が共感できるキャラクターとストーリーでしたから、演技するのにそれほど難しくはなかったです。それからファンタジーの人物なので、私が考えた通りに作り上げて演じられるんですよね。その過程もおもしろかったです。チョン博士って最初にスクリーンに登場した時は詐欺師みたいですし、とてもいたずらじゃないですか。彼の重たい過去よりは、現実的で軽妙なおもしろさもたくさん生かそうと思いました」 ■アクション俳優カン・ドンウォンが重要視した“平凡なキャラ”チョン博士の格闘シーン カン・ドンウォンの魅力の一つは、やはりアクション。よく知られているのは『群盗』(15)。186㎝の長身に合うよう特別に制作された長い刀を縦横無尽に扱うタフで優美な姿は語り草となっている。担当したチョン・ドゥホン武術監督は、「カン・ドンウォンは舞踊の経験があるおかげか、普通は2~3年かかるような劇中の回転アクションをたった2回で完成させた」と舌を巻いた。『憑依』のチョン博士は、梵天に操られ人外の力を持つ者たちと死に物狂いで闘う。霊能力がない生身の人間のため、体力差のある者同士のリアリティ溢れるシーンとなった。イ・ゴンムン武術監督曰く、驚くことにすべてのアクションを本人が直接こなしたのだそうだ。 「チョン博士はムーダンの家系なのに幽霊を見ることはできないですよね。逆に言えば、幽霊も彼を触れないという強みがあります。梵天が操る悪鬼が憑依できないから、彼らに対抗できるんです。スーパーパワーがあるわけでもない、チョン博士という平凡な人間が悪霊に立ち向かう。とにかくそのリアリティを守らなければと思いました。後半、チョン博士はあるアイテムで強い力を得るんですが、監督と武術監督と『こういうアクションだとちょっとやりすぎかな?』と何度も議論しました。過剰だと現実感がなくなるけど、カタルシスは必要だったので、すごく気を遣いましたね」 カン・ドンウォンの“はまり役”を選ぶのは実に難しい。共演相手の演技やオーラをも受けてしまう器量の大きい俳優、それがカン・ドンウォンだからだ。そんな彼に、「いままで演じた役柄の中で、あえて印象深いキャラクターを選ぶなら?」と投げかけると、「実在の人物ですと『1987、ある闘いの真実』(17)で演じた李韓烈(イ・ハニョル)烈士で、架空の人物なら『私たちの幸せな時間』(06)の死刑囚ユンスです」と即答。 軍事政権下の韓国で起きた実話を映画化した『1987、ある闘いの真実』。1987年6月、延世大学でのデモの最中、戦闘警察が用いた催涙弾に当たり命を落とした李韓烈烈士は、少ない出番ながら作品の象徴的な人物だ。 手掛けたチャン・ジュナン監督によれば、当時の韓国政権による妨害や不利益があるかもしれない状況だったため、カン・ドンウォンにひそかに作品への特別出演を持ちかけると「迷惑にならないなら李韓烈烈士を演じたい」と参加を決めた。決して多くは語らないが、誠実で芯のあるカン・ドンウォンの人柄がわかる逸話だ。 自殺願望を持つ元歌手と死刑囚の心の交流を描く『私たちの幸せな時間』で演じたユンスについては、本人がエピソードを明かしてくれた。 「死刑囚をモチーフにして書いた作品なので、演技する前に、死刑囚の方々やその周りの方たちに会って話を聞きました。役が自分の身体の中にしっかり染みこむような気持ちになったので、より強烈なのではないですかね。実際に演技する時もすごく大変でした」 カン・ドンウォンは相手の反応に対する表現力、いわゆる“受けの演技”が一級品だと称されている。それは相手への敬意を忘れず、余すところなく吸収するからなのだろう。 ■20年のキャリアでつかんだ自信。「演じること、いまでもすごくおもしろい」 来年、Disney+で配信されるスパイ・サスペンス「北極星」で、カン・ドンウォンは実に20年ぶりのドラマ復帰が決定した。期待が膨らむが、 「楽しく、一生懸命に現場で撮影していています。映画よりは撮影時間が長いくらいですかね?大きく違う点は感じないです」とさらりと話す口調も頼もしい。 2016年、カン・ドンウォンはあるインタビューで「これからの5年間が演技人生を左右する」と予言的なことを口にしていた。しかし「自分は一体なにを考えてこんな話をしたんですかね?」と屈託無く笑う43歳のいま、気負いは無さそうだ。ドラマ「威風堂々な彼女」でのデビューから20年以上が過ぎ、演技に対する考えや心構えに変化はあったのだろうか。 「デビューしてから 20年ちょっと経ちましたが、演技はすごくおもしろいです。未だにおもしろくて、以前よりはもっと自由に、もっと楽になった気がします。たとえば辛いシーンを演じる時、『感情表現が大変そうだな』みたいに思うことが無くなりましたね。どんなキャラクターも上手く演じられると思います。私もこれまで多様なキャラクターをたくさんやっているので、上手くできる自信があるんです。とても成長したのではないでしょうかね」 取材・文/荒井 南