家屋の生き埋め…大津波警報で“死を覚悟” 朝市の人に救われた命 33歳店主「絶対に恩返しを」
■店の人気商品だった“珠洲焼” 祖父の店「潰すわけにいかない」
店の焼け跡からは珠洲焼の“お地蔵さん”が見つかった。天田商店では珠洲市の職人が作った珠洲焼の土産物が並び、このお地蔵さんは人気商品だったという。ここでしか手に入らない商品も多く、「また来るね」と足を運び続けるお客さんが何人もいた。 こうした焼き物の商品を一つ一つ大切に扱っていたのは、田中さんが尊敬している祖父の由次(よしじ)さん。一代でこの店を築き、7年前に80歳で亡くなった。 田中さんは今でも祖父のことばかり考えるという。「この店が本当に大好きで、肺気腫だったのに酸素マスクをしながらお店に立っていた。一日中仕事のことを考えていて、かっこよかった。僕はずっと祖父の背中を見て仕事をしてきました」。 店の敷地内には立派な柱が残っていた。祖父が“地震がきても大丈夫なように”とこだわって作った建物だった。「じいちゃんは、“地震じゃ、この店は潰れん”といつも言っていました。自慢の店だったんです。潰すわけにはいきません…」。田中さんは焼けてしまった店の跡地を眺めながら、ずっと祖父の思い出話をしていた。
■震災後、初めて見た地下室の中は──
店舗の跡地には地下に続く階段が残っている。その先には商品を保管しておく地下室がある。祖父が作ったものだ。今はまだ危険で中には入れないが、その奥に小型の360度カメラを入れてみると、看板商品だった帽子や鞄、カッパなどが大量に残っているのが確認できた。 どれも観光客に人気の商品だが、炭のにおいが付いてしまっているため売り物にはならないという。それでも、当時の商品が残っていたことを田中さんは喜んでいた。 「どんな形でも商品が残っていたのは嬉しい。じいちゃんに感謝です。よく地下室を作ってくれた」