東京都知事選「死んだはずの男が立候補」という前代未聞のミステリー
死んでいた候補者
これだけでも人々の度肝を抜くには十分だが、橋本氏はさらに世間を驚かせる。都選挙管理委員会が、立候補資格を審査すべく、彼の本籍地、大阪市に問い合わせると、驚くべき回答が返ってきたのだ。 「橋本勝は2月17日に病院で死亡している」 慌てて選挙管理委員会は大阪に職員を派遣したが、出てくるのは「橋本勝」は死んでいるという証言や証拠ばかり。いとこの証言によれば、自分の知る橋本勝は「障害を抱えていて、文字がしっかり書けないなど、ひとりでは生活できない」人だったという。 一方で「候補者の橋本勝」は達筆で、妻子(2男2女)を養っていた。 「大阪の橋本勝」は生活上の問題を抱えていたので、民生委員の世話にもなっていたが、彼らもまた「候補者の橋本勝」は、自分たちの知る「戸籍上の橋本勝」とは別人だと述べて、戸籍の売買が行われた可能性を指摘した。 これらの事実を突きつけられた「候補者の橋本勝」は、戸籍上死んでいるとは初耳で、驚いている、これは謀略だと言い、さらに自分こそが戸籍上死んだことになっている橋本勝だという主張を崩さなかった。 しかし誰がどう見ても、「候補者の橋本勝」の主張には無理がある。 問題は、だからといって「立候補取り消し」とは簡単にいかないという点だった。 当時、立候補を却下できるのは「法律で定められた資格のない者」「被選挙権のない者」「複数の選挙に同時に立候補した者」の三つのケースに限られていた。 今回の場合、その三つには当てはまらない、と当初選挙管理委員会は解釈していたのだ。そうなると取り消しは不可能になってしまう。 しかし、選挙管理委員会は、次のような結論を出して、「候補者の橋本勝」に伝える。 ――あなたの戸籍が不明である状態では、被選挙権は認められない。つまり立候補はできない。投票当日までに被選挙権を有すると公証しない限りは、「橋本勝」への投票は無効票とする―― 戸籍の主が自分であり、我こそが本物の橋本勝である、と証明するには裁判を起こす必要がある。あるいはまったく別の戸籍を提出する必要がある。しかしいずれも投票日までにできるはずもなく、結局、橋本勝への投票はすべて無効票にカウントされることになった。そのため彼の得票数は「0」となっている。 ただし、実は無効票の中に「被選挙権のない候補者の氏名を記載したもの」が2万票以上あった。これが有効票であれば、全体で4位という立派な結果だったのだ。