電車トラブルが起きると、ネット民がいつも「駅員の味方」をするワケ
駅員の地位と実際
鉄道ユーザーの多くは、無意識のうちに駅員を「格上の存在」として見ているのかもしれない。 【画像】えっ…! これがJR東日本の「年収」です(計9枚) この点について、ジャーナリストの佐々木俊尚氏は自身のnoteで公開した記事「「弱者は誰なのか?」論争で考える「鉄道駅員は権力者なのか?」問題」で興味深い指摘をしている。 最近のマクドナルドのシステム障害の際、マスメディアは客の目線で「不便だった」と報じたが、SNSでは店員の対応を評価する声が多く見られた。また、JR無人駅での車いす利用者とのトラブルでも、SNSでは「駅員がかわいそう」という反応が少なくなかった。 佐々木氏はこれを ・お店側の目線 ・運用側の目線 の広がりだと捉えている。鉄道会社は巨大企業だが、現場で利用者と直接向き合うのは権力を持たない駅員だ。事故などのトラブル時に矢面に立たされるのも、経営者ではなく現場の駅員である。ここで参考になるのが 「権力勾配」 という概念だ。これは、社会のなかで権力を持つ側と持たない側の力関係を表す言葉だ。鉄道会社と利用者の関係を見ると、一見すると企業側が権力を握っているように見える。しかし実際に利用者と接するのは、権力を持たない末端の駅員なのだ。 つまり、「権力勾配」の観点からすると、駅員は必ずしも「格上の存在」とはいえない。むしろ組織の末端で、利用者と経営者の板挟みになりながら奮闘している「仲介者」ともいえるだろう。にもかかわらず、制服を着て、乗客の行動をチェックし、ときに指示を下す姿は、どこか威圧的に映る。
サービス業における従業員への要求
なぜ駅員は乗客よりも「格上の存在」だと誤解されがちなのだろうか。その理由は大きく分けて三つある。 第一に、駅員の業務上の立場だ。彼らは、切符の確認や安全の確保、トラブルの防止など、乗客の行動を常にチェックする役割を担っている。つまり、乗客に対して「指示」を出す権限を持っている。こうした「監視」と「指導」の役割が、駅員を乗客より「格上の存在」に見せてしまう。 第二に、駅員が身につける制服の影響である。鉄道会社の制服を着た駅員は、乗客の目には「大企業の代表者」として映る。これが、駅員の権威をより高める効果を生んでいるのだ。「この人は、会社の方針に基づいて私たちを管理する立場にある」といった印象を持つ人も少なくないだろう。 第三に、鉄道サービスを「お客さまと従業員」という単純な二項対立でしか捉えられない視点の存在である。この視点に立つと、「お客さまである自分は常に正しく、従業員は自分に奉仕すべき存在」という誤った認識を持ちがちだ。つまり、駅員を「格上であり、サービスを提供する立場」と見なした上で、ケアされるべき下位である自分の要求に応えるのは当然の義務だと思い込んでしまうのである。 こうした現場の従業員を企業の代表者であり、ユーザーに満足いくサービスを常に提供し続けるプロフェッショナルでなくてはならないという思い込みは、あらゆる業種で見られる。特にサービス業においては、現場で直接顧客と向き合う末端の従業員に、過剰な要求や判断を求める傾向が顕著だ。 一方で、SNSの普及によって、従業員の立場に立った発言が増えてきたことも事実だ。顧客からの理不尽な要求や、サービスに対する苦情に、従業員の立場から反論したり、同情を示したりする投稿が目立つようになってきた。 従来メディアではあまり取り上げられることのなかった、現場の従業員の生の声を可視化したという点で意義深い。従来メディアではあまり取り上げられることのなかった、従業員の生の声に光が当てられるようになったのだ。