THE SPELLBOUNDが新作『Voyager』をリリース。作品に垣間見える中野雅之の新たな一面とは
BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之とTHE NOVEMBERSの小林祐介によるTHE SPELLBOUNDが始動したのは2021年1月。そこから1年後にリリースされた『THE SPELLBOUND』は、バンドの首謀者・中野のイニシアチヴに小林が導かれる関係で生まれた作品だった。あれから2年近い月日を経てリリースされるセカンドアルバム『Voyager』は、小林の驚異的な覚醒によって生まれた作品だ。
バンドを牽引するのは小林であり、中野は彼を脇で支える黒子役にあえて収まっているような、そんな関係性の変化を感じる1枚なのだ。そしてここには、小林に引き出された中野の新たな一面も見え隠れしている。音楽への愛情が人一倍強いのは昔からだが、その矛先が目の前の人にもハッキリとわかりやすく向けられているのだ。ゆえに今回、あえて中野と1対1で話をしてみたいと思った。年齢とキャリアを重ね、彼は音楽家としてだけでなく、愛情表現が豊かな人間になることを望んでいる。そんな不器用な彼の愛をどうか受け取ってほしい。
残された次世代の人たちにいい世界を残してあげたい
ーー先日のフジロックはどうでしたか? 「フジロックは……頑張りました(笑)」 ーー小学生みたいな感想です(笑)。 「ははははは。やっぱりフジロックはフェス全体の雰囲気が僕らの音楽と合うというか、すごく居心地がいいですね。3年前にも出たんですけど、当時はコロナ禍だったこともあって。すごく規制が多い中、お客さんもアーティストも息を潜めてやってる感じだったんですよ。でも今回はそういう規制もなく、すごくいい空気の中でやれることができました」 ーーそういえばTHE SPELLBOUNDはコロナ禍で始まったバンドですもんね。 「だから今、ようやくっていう感じですよ」 ーーそれ、こないだの〈BIG LOVE〉(註:6月20日、リキッドルームで開催された自主企画イベント。対バンは凛として時雨)を観ながら思いました。中野さんはずっとこういう空気感を求めていたんだろうなって。 「そうですね。フジロックもそうだけど、もうこのムードを壊したくないし、壊されたくないなって思います」 ーーすごく中野さんが楽しそうなのが印象的でした。あと、なんか若返ってるなって(笑)。 「若返りましたか(笑)」 ーー逆に言うと、中野さんもそれだけの年齢を重ねてきたってことでもあるんですけど。 「もちろん歳はとりましたし、そのことについては日々考えさせられる事案でもありますからね」 ーーでもいい歳のとりかたをしてるなって思います。 「そうですか? やっぱり歳をとることで得られるものが感じられる生き方をしないともったいないですからね。ただ年齢を重ねるだけじゃなく、それが誰かの希望になれるような存在でありたいし。同世代に対してもそうですし、あとは川島くん(川島道行/BOOM BOOM SATELLITES)のファンだった人たちにとっても、生きる指針になるような存在でありたいので」 ーー今みたいな発言そのものが、一昔前の中野さんからは出てこなかったような気がします。歳を重ねたなりの重みのある言葉というか。 「そうなのかな。その差分みたいなものは自分だとわからないんですけどね」 ーー自覚はないですか? 「そうですね。ただ、僕は今この世界があんまりいい景色には見えないので、僕がこの世からいなくなったあと、残された次世代の人たちのことを考えたりすることはありますね。そういう世代にどんな世界を残してあげられるのか。僕の力でできることなんてそんなに多くはないけど、それでもいい世界を残してあげたいと思うので。そういう気持ちは歳をとるにつれて、より強まっているのかもしれない」 ーーはい。で、今お話しされたような考え方とか人に対する思いみたいなものを、今回のアルバムからは感じます。 「そうなんですか?」 ーーあえて今回はサシで話がしたくなったのは、そういう中野さんの変化を感じたからで。 「でもやっぱり僕は小林くんの変化の大きさに驚いているというか、それを経てできたアルバムだと思ってます。ファーストアルバムの頃は彼自身も五里霧中だし、僕は僕で彼を探りながら作ったんですよ。もちろん今回の作品を作っている時も制作の障害になるようなことはたくさんあったけど、彼はどんなこともポジティヴに乗り越えて生まれた曲が多いので、そういう変化はある作品だと思います」 ーー中野さんも変わったなって思います。むしろ2人の関係性が深まったことで、小林くんから引き出された中野さんの人間性が濃いアルバムなんじゃないかと。 「そういうものがこのアルバムにあるとするなら、ちゃんとひとつの人格が立ち上がっている作品になったってことですよね。で、それって音楽にとってすごく大事なものじゃないですか。いろんな曲をただ作って並べるだけじゃなくて、そこに哲学や意志がちゃんと感じられるかどうかって話なんですけど。例えばAIを使っていろんなタイプの曲が生成できたとしても、それを1人の表現者の作品だとは感じられないんじゃないかと思うんです。どんな曲が並んでいても、そのひとつひとつの関係性とか一貫性みたいなものまではAIには作れない気がして。そういう意味での作品の人格みたいなものは、すごくはっきりとしているんじゃないかな」 ーーその人格というのは、小林くんと2人で作り上げたものだと。 「もちろんそうですし、小林くんからの影響が大きいと思います。というのも、小林くんのキックオフから生まれる曲が多いんですよ、今のTHE SPELLBOUNDは。彼から受け取ったメロディに、僕が色を乗せたり背景を描いていく。その描き方によって曲の意味合いが出たり色彩が豊かになったりして、今度はそれを小林くんに投げて、彼はそこから歌詞を書き始めるっていうやりとりなんですけど」 ーーキャッチボールですね。 「ただ、その過程の中で僕が気をつけているのは、最初に決め事をなるべく作らないようにしてて。小林くんのメロディや言葉をまずはそのまま受け取るんです。で、僕はそれを1枚の絵にするような作業に徹していると、どんどん小林くんのことが可視化されていくんですよ。すごく理解が深まるというか。それによって僕自身が小林くんから影響されたものが形になってるはずで、お互いの影響から生まれた作品であることは間違いないですね」 ーーじゃあ中野さんは小林くんからどういう影響を受けてると思います? 「すべてに、と言ってもいいのかもしれない。そもそも僕がバンドという形で音楽活動ができることも、今自分がこういう状態にあるのも、彼がいることで成立してるわけだし。逆に小林くんからしたら、僕がいることでいろんなことが起きている、と思ってるだろうけど」 ーーそうですね。ただ小林くんからすると、自分が中野さんに影響を与えたり、違う一面を引き出しているとは思ってないかもしれない。 「でも今の小林くんは、僕という人間をものすごく理解してくれてると思いますよ。どう理解しているのかは、小林くんに直接聞いてもらいたいですけど(笑)」