THE SPELLBOUNDが新作『Voyager』をリリース。作品に垣間見える中野雅之の新たな一面とは
ようやく目の前にいる人を大切にしたいと思うようになった
ーーちなみに小林くんに対する接し方は、相変わらず熱血スパルタですか?(笑)。 「たぶんそうですね(笑)。ある意味、僕は小林くんをプロデュースしてる立場でもあるんだけど……例えば他のアーティストから依頼されて請け負うプロデュースと違って、すごく踏み込むんですよ。うわべだけのコミュニケーションじゃ絶対成立しない。だから、見る人によっては……コラおじさんっていうか」 ーーコラおじさん? 「コラコラ!って怒ってるおじさん(笑)」 ーー自分で言いますか(笑)。 「小林くんが行き詰まった時にその解決策を見出すための説明というか、バン!って事実を突きつけるんですけど、その時の僕って、傍から見たらきっと怖いおじさんだと思うんですよ」 ーーちなみに僕もけっこう相手に踏み込むタイプだし、論破とかしがちなんですよ。で、たまに「デリカシーがない」とか「言い方が怖い」とか言われたりするんですけど(笑)。 「よくわかります。でも、そういう時はちゃんと謝ったほうがいいですよ」 ーー中野さんもそういう時は謝るんですか? 「ちゃんと謝りますよ。『こないだはちょっと言い方がよくなかったよね』とか(笑)」 ーーあの、これは昔から思ってることなんだけど、中野さんとの会話って主張がハッキリしてて心地いいんですよ。でもそれって誰に対しても当てはまるわけではなくて。だからコミュニケーションは決して器用ではないタイプだろうなって。 「それは自覚してます。例えば……僕はこの世って基本的に真実はひとつだと思っていて。真実があるならそれに基づいて動けばいいじゃん……みたいな原理主義的な考え方をしてるんですね。誰がなんと言おうと、自分が正しいと思ったことを僕は主張するし、それを曲げるつもりもなくて」 ーー揺るがない芯みたいなものですよね、自分の中の。 「でも小林くんにはこう言われるんですよ。『確かにそれは中野さんの言う通りかもしれないけど、コミュニケーションは基本マッサージみたいなもので、もっと相手をマッサージしてあげたほうがいいですよ。本当のことだけをテーブルに並べたって、それをキャッチしてくれる人のほうが少ないんだから』って説明されて〈ああ、そうだよな〉って(笑)」 ーーあははははは! でも小林くんの言う通りですね。 「それぐらい彼は僕のことを理解してくれてるんですよ。だからすごくありがたいなって思います。もしそういう自分に気づくこともなく、誰からも指摘されないままだったら、ただ頑固で怒りっぽいおじさんになっちゃうかもしれないじゃないですか(笑)」 ーーつまり小林くんが気づきを与えてくれていると。 「やっぱり指摘されて思い当たるところは改めたいので。僕、ちゃんとした人間でいたいので。だから『気がついたことはなんでも言って』っていつも小林くんには言ってます」 ーーそうやって指摘されて自覚したことが、今回のアルバムに反映されてるところはありますかね? 「どうなんですかね。ただ……今の話だと、僕が小林くんをプロデュースしてるんじゃなくて、僕が面倒を見られてるのかもしれない(笑)」 ーーはははは。でも最初から彼はそんな意見を中野さんに言えるタイプじゃなかったですよね? 「むしろ最初は他人に干渉しないタイプでした。そこも彼の大きな変化で。人の人生に土足で入って行くようなことを絶対にやらないような人だったし、もっとふわふわしてて、植物みたいな人というか。でも僕と一緒にバンドを始めて、彼のそういう部分を僕が問い詰めるようなことをしてるうちに、新しい扉を開けてしまったというか」 ーーそんな彼の扉を開けることができたのは、今の中野さんだからだと思うんですよ。ただ問い詰めるだけじゃ、相手も心は開かないでしょうし。 「そうかもしれない。たぶん僕はこの歳になってようやく目の前にいる人を大切にしたいって思えるようになったんですよ。もともとコンプレックスがいっぱいある人間なんですけど、例えば最近のJ-POPの高性能ぶりのすごさに考えさせられることがあって。僕がデビューした時代とは音楽の基礎体力が全然違うと思うんですね。で、そういう状況で自分はどう音楽と関わるべきなのか、みたいなことを考えたり」 ーーそれこそ根本的なことですね。 「つまり小林くんと同じことを自分に問いただすことがあって。なんのためにやってるのか。仕事? お金を稼ぐため? でもそうじゃなくて。人知れず作った誰かの音楽に心を動かされて人生が変わってしまうような人がいる。僕はそういうことを大切にしたいと思うようになって」 ーー目の前にいる人を大事にしたいってことですよね。 「巨大なマーケットとかシステムにフォーカスするんじゃなくて。でも、僕は愛情表現が上手なタイプじゃないので、そこはもっと習得したいなって思ってます」 ーーや、めちゃめちゃ中野さんの愛を感じますよ、このアルバムには。 「そう言ってもらえると嬉しいです」
樋口靖幸(音楽と人)