『光る君へ』における松下洸平の役割は何だったのか? 「恋の終焉」と「旅の終わり」
「心」の描き方が印象的だった『光る君へ』越前編
また、「心」が印象的な数話でもあった。「なぜあの時己の心に従わなかったのか」という後悔を断ち切るように始まった、越前でのまひろの日々。まひろに宋の言葉を教える周明は、「俺も忘れていた日本の言葉をかなり思い出した」と言い、それに対し「私のおかげね」というまひろに「おかげではない、俺の心のことだ」と返すことで、「俺の心」とまひろをきっちりと分けて見せた。さらに今度はまひろの「帰りたい人は帰るのがいいと思う。待っている人もいると思うし」という呼びかけに「俺に帰ってほしいのか」と問う周明。それに対しまひろもまた、「私がどうしたいかは関わりないわ」と答えることで曖昧になりかけた関係性にしっかりと線を引く。 そして第24回終盤、「入りこめませんでした。あの女の心に」という周明に、朱(浩歌)が「お前の心の中からは消え去るとよいな」と返すことで、周明の心の中に確かに芽生えていた、まひろに対する恋愛感情が詳らかになる。 一方、周明に即座に勘づかれるほどに、滲み出てしまうまひろの心の中にいる道長という存在。「帝の次に偉い人」道長のことを「あの人」と言い、その心の内を、親しみを込めて慮らずにいられない。つまり、「忘れえぬ人」とは、どうやっても心の中に入り込んで、切り離すことができない存在のことを言うのだろう。その証拠に「あの宋人と海を渡って見たとて、忘れえぬ人からは逃げられまい」と言う宣孝の言葉に「心が揺らいだ」まひろの姿があった。 これは3人の男性に「遠い国で一緒に暮らそう」と言われた主人公・まひろが、「早く都に帰って参れ」と言う人物・宣孝を結婚相手に選ぶ話だ。恋に振り回される人生ではなく、ありのままの自分を「まるごと引き受け」てくれる相手であるところの宣孝の元に、そして「山に囲まれた鳥籠」であるところの都に「帰る」ことを選びつつある彼女は、きっと彼女のままで生きられる。鳥籠から逃げ出した鳥を追いかけた少女・まひろ(落井実結子)は、もしかするとずっと鳥を探して旅を続けていたのかもしれない。そして、ようやく家、つまりは都に帰ろうとしている。
藤原奈緒