日本近代文学の中で最も有名な「三百円の金剛石」とは? 指輪からみた「貫一お宮」の物語(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「指輪」です *** 熱海の海岸散歩する、貫一お宮の二人連れ……という歌の文句は、わたしが小さい頃は、それこそ、子供でも知っていました。ラジオの漫才でも、よく使われていたからです。 尾崎紅葉の『金色夜叉』を知らなくても、間貫一という男が、お宮という女に裏切られ、夜空を見上げ、――来年の今月今夜、さ来年の今月今夜、十年後の今月今夜の月を、僕の涙で曇らせてみせる、といい、すがるお宮を蹴飛ばす。これはまあ、国民の常識でしたね、昔は。 『金色夜叉』の鍵となる言葉に「洋行」や「高利貸」があります。明治には、これらがどれほど重い意味を持っていたか。それは、森鴎外の『雁』と読み比べると、よく分かります。 さて、物語は冒頭、富山という金持ちの登場によって動き始めます。彼の指に輝いているのが、おそらく日本近代文学中で、最も有名な指輪です。それを見た人々は感嘆の声をあげる。 「金剛石!」 「うむ、金剛石だ」 「金剛石? ?」 「成程金剛石!」 「まあ、金剛石よ」 「あれが金剛石?」 「見給へ、金剛石」 「あら、まあ金剛石? ?」 「可感い金剛石」 「可恐い光るのね、金剛石」 「三百円の金剛石」 ある本によれば、この頃の三百円は昭和五十五年の二千五百万円。さて、今のいくらぐらいでしょうか。 [レビュアー]北村薫(作家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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