「富士山の入山規制」をめぐる静岡と山梨の違い…静岡が夏からはじめる”荒技”の詳細
静岡県は、今年の夏から富士山登山の入山規制に乗り出した。今回、静岡県は「手数料徴収条例」を改定するという‟荒技”を使い、夏のシーズンから3つある登山道で4千円を徴収する仕組みを創設する予定だ。 【一覧】占星術研究家・鏡リュウジが「12星座別の運気」を徹底解説! これまで、静岡県および山梨県は幾度となく入山規制の機会を逃してきた。 【前編】『静岡県が「富士山の入山規制」をはじめる…「危機的状況」とされた世界遺産は改善されるのか』
山梨県が静岡県に規制を求める
そんな中で、山梨県の長崎幸太郎知事が突然、富士山保全を目的に入山規制に乗り出したのだ。 コロナ禍明けの2023年は、ご来光を仰いだあと、その日のうちに下山する無謀な弾丸登山が大流行となっていた。 富士山の頂上に押し寄せるオーバーツーリズム(観光公害)によるごみ、し尿の問題があらためて顕著になり、インバウンド(訪日外国人)も急増した。 この緊急事態を踏まえ、長崎知事は、富士山5合目で2千円を徴収、一日の人数制限などを行う入山規制に関する条例を策定した。 県有地である5合目付近の吉田口登山道を県道から外し、『ゲート』という県有施設を設置した。その『ゲート』を施設に見立てて、その入場料として2千円を徴収する仕組みをつくった。 『ゲート』を通らなければ、富士山登山はできないから、『ゲート』入場料はそのまま通行料となった。 これまでの任意の保全協力金1千円もゲートで徴収するから、富士登山をする場合、山梨県側の登山客のほとんどが3千円を支払うことになった。 一方、静岡県の場合、富士宮口、御殿場口、須走口の3つの登山道とも県道だが、林野庁の管理する、国有地である。県道に山梨県のような『ゲート』施設を設けることは道路法を所管する国交省が認めなかった。 このため、昨シーズンは保全協力金1千円で対応するしかなく、山梨県の入山料の義務化の動きに「静岡県も何とかしろ」という強い要請が続いた。
日本の宝・富士山の美しさは戻るのか
もちろん、これまで両県は富士山保全に関する「法定外目的税」を検討してきた。 足並みをそろえて富士山の「入山料」を創設することを目指していたが、山梨県は静岡県に相談することなく、いち早く独自の入山規制を決めてしまった。 静岡県だけで「法定外目的税」創設もできるが、そのハードルは非常に高い。 地方税法上の法定外目的税の場合、県議会の可決を受けた条例制定後に、所管の総務大臣の同意を得なければならない。また、総務大臣も地方財政審議会に諮るなどの手続きが必要となる。 目的税の趣旨などを含めて国とのやり取りなどで、長い時間が掛かってしまう恐れがあった。 このため、山梨県のような県有地に『ゲート』を設置して、通行料を徴収するという「離れ業」が何かないかを静岡県富士山世界遺産課は模索した。 その結果、「手数料」徴収を富士登山に課すという全国でも例のない‟荒技”に結びつけた。 地方自治法227条で、手数料は「特定の者のために提供するサービスの対価として徴収できる」とされ、その収入は、事務に関わる人件費などの費用に充てることができる。 県の手数料には、免許証やパスポート交付や政治資金規正法の収支報告書の写し交付などさまざまある。 つまり、個人にとって、何らかの便宜や利益を得る際に行政に支払う費用が手数料となる。 今回の場合、富士登山ができるというのが一番のサービスに見える。しかし、昨シーズンまでは無料で登山できていたのだから、それは静岡県が提供するサービスとは言えない。法定外目的税として「入山料」を創設するわけではないからだ。 そのため、静岡県は、登山者に「富士山の保全、安全学習に係るルール・マナーの事前学習」というサービスを提供することとした。 軽装や革靴などでの登山は危険であり、またごみを持ち帰るなどのルール・マナーなどを事前に学習してもらうという。 事前学習を修了した登山者は4千円を支払い、県は「確認証」を発行する。 登山者は「確認証」を携帯して、県から提示を求められた際には提示しなければならないとする。 実際には、富士登山者に課せられる「入山料」の色彩が強いから、一般向けには「手数料」徴収ではなく、「入山料」徴収として広報する。しかし、これはあくまでも「手数料」である。 昨シーズンまでの登山者数から、来シーズンの登山者数を10万人と想定、4億円の収入を見込む。 夜間時間規制となる午後2時から翌午前3時まで、山梨県のように『ゲート』を閉めて入山規制できないから、24時間、登山口などにスタッフを常駐させる予定だ。 だから、「富士山の保全、安全学習に係るルール・マナーの事前学習」費用よりも、夜間時間規制や4千円を5合目付近で徴収する運営管理などに多額の費用が掛かり、支出も4億円を見込んでいる。 何よりも、「手数料」の趣旨は何らかのサービスを受けたことで徴収できるのだが、果たして、「富士山の保全、安全学習に係るルール・マナーの事前学習」がすべての人に必要かどうかは疑問が大きい。 富士山を神聖な場所として修行の一環とする富士講などの信仰登山者には、「富士山の保全、安全学習に係るルール・マナー」など無縁である。屋上屋を架す事前学習など不要と言える。 当然、減免の対象とすべきである。ただ減免の対象となると非常に難しい。 もし、「富士山の保全、安全学習に係るルール・マナーの事前学習」を不要と強硬に主張する登山者に、4千円の手数料徴収ができるのかどうか、その法的根拠を示さなければならないからである。 山梨県の『ゲート』設置と違い、静岡県の「手数料」はやってみなければ、どのような反発、批判、反対意見が出るのか、わからないのが実際のところである。 環境省などは、これまで富士山の過剰利用対策に取り組んできたが、大した成果を得られなかった。 となれば、「4千円」徴収で登山者数が減れば、大きな成果と言える。 「信仰の対象」とした世界文化遺産の登録から見れば、現在の登山者数は異常である。富士山が日本人の「信仰の聖地」であるとして、入山規制を行うべきである。 富士山を仰ぎ見ることで、ほとんどの日本人は「信仰の聖地」であることを理解できる。その気持ちが富士登山につながっていくのである。 まず第一歩として、ことし夏のシーズンの富士登山がどのように変わるのか大いに期待したい。
小林 一哉