「グレーゾーンの商習慣」に風穴を 不動産マッチングサイトが人気
“グレーゾーンの商慣習”とされながら、不動産業界で当たり前となっている「AD」と呼ばれる賃貸仲介を巡る広告宣伝費。こうした慣例の改革を試みる動きが業界にある。【松山文音、袴田貴行】 ◇北海道では「AD600」? 宅地建物取引業法では、不動産会社が受け取ることができる賃貸物件の仲介手数料の上限は、賃料の0・5カ月分以内、依頼主の承諾がある場合は貸主か借主のどちらかから賃料の1カ月分以内までが可能とされている。 しかし、この法律は形骸化してしまっているのが実情だ。賃貸物件が成約した際、大家から不動産会社に支払われる通常の仲介手数料に加え、優先的に物件を紹介してもらうためのAD(advertisement=広告料)と呼ばれるお金が動く。 募集する賃貸物件の数に比べて入居希望者が少なく、空室の長期化につながりやすい地方では特に顕著で、業界関係者によると、北海道ではADが600%(家賃6カ月分)になることもあるという。 背景には、賃貸仲介において不動産会社が非常に強い業界構造がある。国内では大家が自ら物件を募集する手立てはほとんどなく、物件を管理している不動産会社を通じて不動産業者間の情報ネットワーク「レインズ」に物件情報を登録してもらい、不動産会社の自社サイトや賃貸ポータルサイトに掲載して入居希望者を集客するのが一般的だ。 競争力のない物件は、市場にあふれる募集物件に埋もれてしまい空室期間が長期化しかねない。このため、宅建業法から「逸脱」したADをインセンティブ(動機)として上乗せすることで、早期成約につなげる狙いがある。 ◇家賃引き下げは「最終手段」 東京、神奈川、埼玉で一棟アパートや戸建など計7物件を所有する不動産投資家の男性(44)も、空室募集の際には仲介手数料にADを上乗せしている。 最初はAD100(家賃1カ月分)からスタートし、空室期間が長引くにつれ、徐々にADを増やす。空室期間が半年以上続く横浜市港北区のアパートにはADを300(家賃3カ月分)まで増額して募集している。 空室に悩む大家はADを増やす一方、「最終手段」とされる家賃の引き下げは極力避けるのが一般的。家賃が物件の収益力を示す指標「利回り」に直結するためだ。 利回りは物件購入価格に対して1年間の家賃収入でどれだけ回収できたか、その割合を示したもの。物件を売却する際の売値は利回りに基づいて決まる。将来の売却時に備えて物件の利回りを死守するため、家賃の引き下げではなくADという「まき餌」で空室を埋める大家は多い。 ◇「高コスト」を疑問視 こうした業界の慣習に風穴を開けようとするのが、大家と入居希望者を直接マッチングするサービスだ。 賃貸サイト「ウチコミ!」は2021年から全国展開し、大家は1万6000人、物件を探す会員は約12万人と登録者数を伸ばしている。 不動産会社が物件情報を記載する賃貸サイトと違い、大家自らが募集情報を編集してサイトにアップするのが特徴。入居希望者はサイトを通じて大家と直接オンライン上でメッセージをやり取りできる。 不動産会社が仲介業務を行わないため、入居希望者は仲介手数料を支払う必要がない。内見や契約業務はウチコミが委託するエージェントと呼ばれる不動産業者が担当し、エージェントは成約時に賃料1カ月分(税別)の仲介手数料を大家から受け取る。うち半額が集客料としてウチコミに入る仕組みだ。 運営会社ウチコミ(東京都新宿区)社長の大友健右さん(52)は、入居者が負担する仲介料手数料や敷金・礼金といった初期費用、大家が負担するADなどの募集経費といったコストの高さを疑問視し、両者のマッチングサイトを発案した。当初は業界内からの反発が強かったが、徐々に掲載物件数(約1万件)や会員登録者数なども増やしており、今後さらに約3倍の規模への成長を目指しているという。 ◇決め手は「大家と直接やりとり」 こうしたサイトは、大家にとってはADを支払う必要がないため低コストで賃貸募集ができる一方、入居者にとってもメリットがある。 札幌市豊平区の会社員の男性(24)は11月、転職に伴い東京から札幌へ転居する際にウチコミで部屋を探し、現地で内見した1LDKの部屋に決めた。仲介手数料が無料だったことに加え、物件の大家と直接やり取りできたことが決め手となった。 サイトのメッセージ機能でやり取りした大家は「北海道で新たに1人暮らしをする若者を応援したい」と、冷蔵庫▽洗濯機▽電子レンジ▽ガスコンロ▽エアコン――の無償提供を申し出てくれた。さらに火災保険料や保証会社に支払う初回保証料も負担してくれ、家賃と管理費以外に初期費用がかからなかった。 男性は「東京の実家を出て、寒い冬の北海道で始める1人暮らしが不安だったが、大家さんの温かい気遣いが心強かった」と振り返る。 総務省の2023年住宅・土地統計調査によると、賃貸住宅の空き家は443万戸にのぼった。今後、人口減少の進展とともに賃貸仲介を巡る市場環境はさらに厳しくなるとの見方もある。 ウチコミの担当者は「不動産業界は複雑な業界構造で、一部の会社にしか利益が出ないマーケットとなっており、業界の成長を妨げている。不動産業界にイノベーションを起こし、無駄なコストをそいだ仕組みを定着化させ、業界の透明性を高めたい」と話している。