大重わたるがミュージカル「ハロー・ドーリー!」の魅力を深掘り
2022年に初演され、今年3月に日本で3度目の上演を迎えた舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」(以下「千と千尋の神隠し」)。ジブリアニメを演劇的な手法で想像力豊かに立ち上げ、今年は日本とイギリス・ロンドンで上演された同作が、8月24日のロンドン千秋楽公演をもって終了した。夜ふかしの会のメンバーで、初演より「千と千尋の神隠し」に出演している大重わたるは、同作のロンドン公演に出演。初渡英した大重が、“演劇が生活に溶け込む街”より観劇レポートと熱意あふれるインタビューを届ける。 【画像】ミュージカル「ハロー・ドーリー!」劇場入口の様子。(他9件) ■ 50年前に初演されたミュージカル 舞台「千と千尋の神隠し」に出演していました大重わたるです! 先月までロンドン生活を送っていました。4カ月の生活の中で素晴らしい演劇にたくさん出会いました。どれもこれも本当に魅力的な作品ばかりでしたが、その中でも「またこの作品が観たい」と思える作品に出会ってしまいました。それがミュージカル「ハロー・ドーリー!」なんです!! 何が良かったのか、挙げればキリがありません。そして今でも、劇中の音楽が、群衆の踊りが、頭から離れません。なぜこんなに魅了されてしまったのか。その理由を徹底的に探ってみたいと思います! 出演者のアシュリー・アイリッシュさんと、「千と千尋の神隠し」で共演させていただき、「ハロー・ドーリー!」の大ファンでもある夏木マリさんのインタビューもありますので、ぜひ最後まで読んでください!! この「ハロー・ドーリー!」は1964年に初めて舞台上演された作品です。劇作家ソートン・ワイルダーの「The Merchant of Yonkers」を元にマイケル・スチュアートがミュージカル作品として脚本を担当しました。作詞作曲はジェリー・ハーマンが手がけています。1964年のブロードウェイ初演を皮切りに、いろいろな場所で上演され続けてきた人気ミュージカルです。キャロル・チャニングが主演を務めた初演は、トニー賞でミュージカル作品賞、ミュージカル主演女優賞などさまざまな賞を取りました。 ■ 仲介人ドーリーの“幸せ探し”の物語 19世紀後半のニューヨーク。お節介で面倒見の良い未亡人ドーリーが結婚仲介人として、町で名刺を配り歩くところから物語が始まります。ドーリーには密かに気になる相手がいます。それは、郊外のヨンカーズで飼料店を営む頑固者ホレス。再婚を望むホレスにドーリーは、帽子屋の女主人アイリーンを紹介します。ホレスはアイリーンにプロポーズするために彼女の元へと向かいます。一方、ホレスの姪アーメンガードは画家のアンブローズとの結婚を反対され駆け落ち寸前。アンブローズの相談にドーリーはある作戦を立てます。 さらに、ホレスの店で働くコーネリアスとバーナビーが、ホレスに内緒で本当の恋を見つけるためにニューヨークへと向かいます。2人はある店でアイリーンと、帽子屋の従業員ミニーに出会いますが、お店でホレスと遭遇。慌てて身を隠したところ、男の気配を感じたホレスは出て行ってしまいます。この状況をうまくまとめようと、ドーリーは、コーネリアスたちに4人で高級レストランのハーモニーガーデンに行くように提案。関係者が勢ぞろいした高級レストランで食事をしたものの、お金がないアイリーンたちは逃げ出してしまいます。そんな騒ぎの中で、ホレスはドーリーを見直し、結婚を申し込む、というところで物語は終わります。 ■ なぜこんなに魅了される作品なのか まず印象的だったのは音楽の素晴らしさ。口ずさみたくなるような、ステップも踏みたくなるような、ジェリー・ハーマンの曲が本当に素晴らしいです。昔の舞台の雰囲気がそのまま伝わってくるような気がします。物語が本当に楽しい喜劇で、筋運びにリズム感があり、そのまま劇の世界に入り込める感覚になります。また、お節介な結婚仲介のドーリーの恋がとても優雅な気持ちにさせてくれます。そして何と言っても役者が魅力的。「ハロー・ドーリー!」はやはり主役のドーリーの存在がとにかく大事な作品なんです。そのドーリーを演じたのは、イギリスで大活躍のイメルダ・スタウントンさん、あの映画「ハリー・ポッター」シリーズや映画「パディントン2」にも出演される大女優さんです。お節介なおばさんを見事にチャーミングに演じています。イメルダさんが演じるドーリーは本当にかわいらしく、この作品世界にいる人たちがうらやましくなり、こんな世界に浸ってみたいと思わせてくれました。 「千と千尋の神隠し」で演出部だった清水佳之子さんのお知り合いで、「ハロー・ドーリー!」にアンサンブルとして出演していたアシュリー・アイリッシュさんにインタビューができました! □ Q. 舞台に出演するまでの経緯を教えてほしいです! 出演が決まったときの率直な感想は? 僕が最初に「ハロー・ドーリー!」のオーディションを受けたのは2020年1月で、バーナビー役の1stカバー(アンダースタディの1番手のこと)とアンサンブルで受けました。もともと2020年夏に上演される予定だったのですが、コロナ禍の影響でキャンセルせざるを得なくなってしまいました。オーディションではシーン演技、歌、ダンス合わせて全部で5回ほど審査があったと思います。それから数年間、この公演がどうなるのかわらかない状態が続いたあと、2023年9月に、今回の2024年夏の公演のオファーを受けました。ついにやっと実現すること、そしてずっと大ファンだったので、イメルダ・スタウントンと共演できることがとてもうれしかったです。また、実はもともとはアデルフィ劇場という別のウエストエンドの劇場で上演される予定だったので、今回ロンドン・パラディウム劇場でやると聞いて大興奮でした。ロンドン・パラディウム劇場はずっと僕の“バケットリスト”にある劇場でしたし、本当にたくさんの新旧のスターたちがステージに立った、とても象徴的な舞台なので、そこで自分も演じられることにとてもワクワクしました。 □ Q. 稽古場で演出家から言われた印象的な言葉はありますか? または創作の過程で印象的だったことは? 演出のドミニク・クックの言葉で印象的だったのは、「新しいアイデアが浮かんだときのセリフが、事前に考えられたこととしてではなく、本当にその瞬間に存在するようにしよう」ということです。例えばコーネリアスがバーナビーに「君と僕でニューヨークに行くんだ!」と言うときに、彼が“言おうと思って1週間前から計画していた”のではなく、たった今思いついたこととして言う。そうすることで、その瞬間がそのシーンの役者にとって新鮮で真に存在感のあるものに感じられます。 もう1つ特別だったのは、これはミュージカルをやっているといつもそんな気がするけれど、シッツプローべ(Sitzprobe / 通常稽古場リハと舞台稽古の間に行われる、フルオケ・バンドと役者が座りながらやる歌稽古のこと)です。これは役者陣とミュージシャンが初めて一緒に集まって、この舞台がどんな音になるのかをフルオーケストラで初めて聴く場です。演奏は聴いていて本当に素晴らしかったし、古き良きハリウッドMGMの世界に連れて行かれたような気持ちになりました。オケと一緒に歌って、自分たちの声をそのオケの音と一緒に聴くのはより一層特別に感じました! □ Q. 「ハロー・ドーリー!」が持つ魅力を教えてください! 「ハロー・ドーリー!」の一番の魅力は、本質的に、彼女の人生の良かった時代は終わり、夫が亡くなった今1人寂しく生きなければならない、もう一度誰かを愛したり、生きて人生を探し求め続けるにはもう年を取りすぎた、と思い込んだりしている人の物語だということです。けれど彼女は何があっても自分の人生を歩み続けていいんだと気付き、新しい、より豊かな人生を、同じようにありふれて平凡な生活をしている人たちに広げ、与えていく手助けをします。僕がすごく好きなのは、老若男女に対して夢を見続け、可能性を探り続けて良いんだよ、新しい経験や愛を見つけていくのに年齢や限界はないんだよとインスパイアしてくれるのが、1人の年配の女性だということ。すべての人に思い出してほしい美しいメッセージだと思います。もちろん、これを伝えるのに脚本と音楽は大きく貢献しているし、そこもこの作品の大きな魅力だと思いますが、やっぱり僕はこのメッセージこそが、この作品のもっとも美しいところだと思います。 □ Q. 一世代前の作品が持つ魅力とは何だと思いますか? 今はたくさんの素晴らしい現代ミュージカルから、現代的なひねりを入れた古典ミュージカルまで、多くの作品が上演されていると思います。この作品、あるいは僕たちが今回どうこの作品を上演したかという点ですごく好きなのは、オリジナルのアイデアに忠実にやったということ。そしてこの素晴らしい21名のオーケストラと36名のキャストで、もはや今やあまり観ることがなくなった“古き良きミュージカルシアター”の音とビジュアルを作り上げたということです。2024年の現代にこれを目の前で生の生きた状態で提供できたというのは本当に美しいと思うし、きっと多くの人がすごくノスタルジーを感じると思います。この作品がいかに観客に彼らが思う“ミュージカルシアター”を感じさせるか、ミュージカルがどうやって作られてきたかという歩みを見せてくれるかを、観に来てくださった多くの人が語ってくれています。「いかにして新しいものを作っていくか」が常に問われる世界・時代であっても、古典ミュージカル作品の中に多くの美しい魅力、学べることがあると思い出させてくれる、そんな作品を今ウエストエンドで上演できていることが素晴らしいと思います。 そして、舞台「千と千尋の神隠し」で湯婆婆役を演じた夏木マリさんにも、「ハロー・ドーリー!」を観たときのお話を聞かせていただきました!! □ Q. ロンドンで「ハロー・ドーリー!」を観劇されたときの率直な感想を聞かせてください! 「ハロー・ドーリー!」は、実は前から好きで。私がまだミュージカルに熱狂している頃に、ベット・ミドラーの主演でブロードウェイでやっていて(編集注:2017・2018年上演版)、「いいな」と思ったんです。テーマが“コメディエンヌ”でしょう? お節介な仲人さんが、そうこうしてるうちに自分の恋愛に夢中になってとっちらかっちゃうというキャラクターが面白いなと思って、昔からいつかやりたいと考えていた作品です。 ロンドンでイメルダさんが演じているということで、「ハロー・ドーリー!」を観てきました。彼女が舞台俳優ということは当然知っていましたけど、どういう歌をお歌いになり、演技をするのかが気になっていたんです。彼女のインタビューを読んでいたら、「クラウンはすごくリアルにやらなくてはならないけど、『ハロー・ドーリー!』はファンタジーの世界だから、やっていてすごく楽しい」とおっしゃっていて。観てみたら文字通り楽しそうに演じてらして、私の昔の思いに火がついちゃって、近い将来やりたいな!と。なんでこの作品が良いのかって、それは、ミュージカルが全盛だった頃のゴージャスさがあり、今では作れないミュージカルだから。この作品は、意外とそんなに再演してないんですよ。「レ・ミゼラブル」とか「オペラ座の怪人」とか、毎年のようにやられている作品ではない。ということは、ドーリー役を演じられる人が見つかったときにやるのではないかと。イメルダさんを観た時に、「なるほどな」と思いました。 □ Q. 以前観たときと比べて作品の雰囲気や印象に変わったところはありましたか? そうね。イメルダさん寄りの演出になっいてるかもね。今回はダンスも少なくなった印象があります。ベット・ミドラーのときはもう少しダンスの場面が多かった気がします。 □ Q. 今回の「ハロー・ドーリー!」で印象的な場面は? このミュージカルで一番面白いのは、ニューヨークの都会のレストランで、みんなが右往左往する場面。やっぱり素敵でしたね。みんなが憧れる場面です。階段からドーリーが降りてきて歌い出す、あの場面が印象的です。いい演出ですね。何よりも今回ウエストエンドで良いと感じたのは、いろいろな年齢層のダンサーがいること。ベテランの人もいて、「このおじさん踊れないだろ?」と思っても踊るのよね、ちゃんと。それが素晴らしい。テクニックがあるということがすごいなと思います。私たち、日本国内の舞台を観ていると、キャリアを重ねると踊りよりもお芝居中心になったりするけど、きっとちゃんと訓練してらっしゃるんだなと演者として読み取れたし、「ハロー・ドーリー!」だけに限らないけど、俳優陣の層の厚さ、パーフォーマーたちの層の厚さに圧倒されます。 □ Q. 50年前に初演された「ハロー・ドーリー!」が、これほど支持される理由は何だと思いますか? やっぱり良き時代のニューヨークが舞台ってことと、私が憧れたブロードウェイで上演されたものがそのまま舞台で表現されているということ。今コロナを経て、簡素な感じのミュージカルなものが増えてきたような気がするんです。「ハロー・ドーリー!」のように、これほどゴージャスな感じの作品はなかなか観られないじゃない? リバイバル作品の中でも、あのゴージャスさは断トツなんじゃないかな。あと主役。仲人のドーリーがいないと成立しない話なんですよね。アンサンブル芝居じゃないから、主役あってこそ。そういう人がいないとできないミュージカルだとわかったし、イメルダさんを拝見して、イメルダさんあっての舞台だったなと思いました。 □ Q. 今回の「ハロー・ドーリー!」は、コロナを経て、4年越しに上演されました。あらためて、イメルダさんの印象はどうでしたか? イメルダさんもそうなんだけど、ウエストエンドの俳優さんたちの演技って、そんなにがんばらない。だけどちゃんと存在感はあるっていう、そこが素敵ですよね。先日、ロンドンでミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」を観ましたけど、私はゴールデという役を東京で演ったことがあって、「“胆っ玉母さん”だ」と演出から言われたけれど、今回観たお母さんは、5人の子供を産んだということがよくわかるし、ノーメイクに近くて、“がんばってる”わけではないけれど、存在感があるのは、役作りにちゃんと技術も備わっていると思いました。 □ Q. ぜひ、マリさんに「ハロー・ドーリー!」をやっていただきたいと思っているのですが、いかがですか? ありがとうございます。私は、個人的にコメディエンヌ作品をやってみたいと思っているんだけど、この「ハロー・ドーリー!」はコメディエンヌとしては面白い作品だと思う。私自身お節介じゃないのね。だからドーリーに憧れるの。自分にないものを持っている人をお芝居すると弾けるでしょ。 ぜひぜひ夏木マリさんにドーリーを演じていただきたいです! 本当に実現してほしい夏木マリさん版「ハロー・ドーリー!」。インタビュー最後に大重の夢も語らせていただきました。なかなか語り尽くせない、ミュージカルの世界。ロンドンで観た夢のような、そんな時間を体験させてくれた「ハロー・ドーリー!」レポートとインタビューいかがだったでしょうか? アシュレイさん、そしてマリさん、素敵なお話を本当にありがとうございました!! なお、マリさんが演出・出演する「菅原道真公1125太宰府天満宮式年大祭 ご本殿大改修 仮殿奉納公演『PLAY×PRAY』」が11月4日に福岡・太宰府天満宮 仮殿、「NATSUKI MARI FESTIVAL in KYOTO 2024『PLAY×PRAY』第十夜」が11月14日に京都・清水寺本堂で開催されます。皆さん、ぜひチェックしてください! 本来ならこのコラムは、今回をもって最終回の予定でした。しかし、番外編ということで、最後に「ロンドンで活躍する日本人」と題し、日本人役者さん、ダンサーさんのインタビューをしてきましたので、日本とロンドンでどのように演劇が違うのか深掘りできたらと思っています! では、第4回もお楽しみに!!! ■ 大重わたる 1982年、東京都生まれ。コントユニット・夜ふかしの会のメンバー。2010年R-1グランプリ準決勝進出、2012年キングオブコントファイナリスト。野田秀樹が立ち上げた東京演劇道場に参加。自身が主宰する大重組を旗揚げ、2023年に野原高原の名で構成を手がけた「昔、喰べた花」を上演した。舞台「千と千尋の神隠しSpirited Away」には2022年の初演より出演。そのほかの出演作に、舞台「モノノ怪~化猫~」など。