紙のトーチュウが紙印刷休止…『トーチュウ魂』は、永遠に不滅です…名文家から学んだ『人間くささ』と『愛』と『優しさ』と『スケベ心』と
紙のトーチュウがなくなる。東京中日スポーツ紙が、来年1月で紙印刷を休止し、電子版に移行する。30年以上、同紙の記者として働いてきた私としても、自分なりの古巣への思いを書いておきたい。 大学時代、自分の住むオンボロアパートの近くの喫茶店に置いてあるスポーツ6紙を読み比べるのを至福の喜びとした。あのころは、のちに朝日新聞の名コラムニストになる報知新聞の西村欣也さんら各紙に名物記者がきら星のごとく存在した。アイスコーヒーをすすりながら、自分もいつの日かと夢想した。ドラゴンズファンではなかったけど、東京中日スポーツの紙面は、どこか、人間くさく、温かく、愛にあふれ、特にひかれた。 しかし、1年休学したため、大学5年目の就職試験では、得意の英語を生かしたい思いがあり、某通信社の運動記者を第1希望とした。筆記試験を突破し、役員面接に残った3人の1人となった。ここまで来て、落ちるはずはない。私は、心の中でガッツポーズした。しかし、浮かれ過ぎて、なにかやらかしたか、不適切発言でもしたのだろう。落ちた。就職浪人し、翌年、中日新聞社に合格。某通信社への思いはとっくになくなっていた。入社後、東京中日スポーツ配属を希望し、認められた。紙面同様、とても、人間味あふれる職場で不器用な私にピッタリだった。もし、某通信社の役員面接に受かっていたら、適応できずに、2、3年で退社。世界を放浪する旅人になっていたかもしれない。それはそれで、幸せだったかもしれないが。 入社後、記者としてのすぐに限界を感じた。書けない。うまく書こうとすればするほど、空回り。陸上を中心にアマチュアを専門とする、業界随一の名文家・満薗文博さんに弟子入りした。埼玉の自宅に押しかけ、徹夜で教えをこうた。酒をこよなく愛する満薗さんは、焼酎のお湯割りをチビリチビリやりながら、原稿用紙に向かって、ペンをエンドレスに走らせた。満薗さんの操るペンは、それ自体が別の生きもののようにうごめいた。そして、気が付くと、夜が明けていた。どんな小さな出来事にもドラマがあるんだ。満薗さんのような文章を書けるようにはなれなかったが、ひたすら、書き続ける姿勢が、物書きとしての生き様を見る思いがして、私の道しるべにもなった。 もう一人、トーチュウの名文家と言えば、高田実彦さん。私が入社当時は、報道部の部長であった。しかし、巨人番記者として一世を風靡(ふうび)した高田さんは、部長ながら「ザ・監督」などのコラムも書いていた。読む者を引き込む、深みのある、重厚な独特に文体に、私は憧れた。ある日、番記者になりたての20代の私は、西武の清原がホームランを打って試合後のインタビューでご機嫌ナナメだったことを、ありのままに描写し、批判的に書いた。ナイターで締め切り間際。ファックスで送信後、間もなく、高田部長から電話がきた。 「竹下くん。清原と何かトラブったか?批判するのは構わんが、どこかで救ってやりなさい。批判も愛がないと、ダメだよ。原稿にボクがちょっと、手を加えるよ」と高田さん。「よろしく、お願いします」と私。しかし、翌日、新聞を見ると、そのまま出ていた。きっと、締め切り時間に間に合わなかったのだろう。世が世なら、大炎上だったかもしれない。しかし、後日、会社で高田部長に会うと、「いーよ。いーよ。君は、日本一の西武担当!」とニッコリ笑い、励ましてくれた。野村ヤクルト担当になると、「日本一のノムさん番!」に変わった。私を鼓舞するための口から出任せと分かりつつ、その言葉がうれしかった。 ある正月、高田さんから年賀状が届いた。そこには、肉筆でこんなことが書いてあった。「スポーツ記者は、サービス精神とスケベ心が大切だよ」。目からウロコであった。スポーツ紙は、娯楽紙である。読者を楽しませるサービス精神がなければならない。そのために、どん欲に取材し、アングルを練る。スケベ心とは、もちろん、ヘンタイになれという意味ではない。何か少しでも面白いこと、変わったことをしてやろうと思う、冒険心とか山っ気とか野心みたいなものだと思う。やがて、高田さんも定年を迎え、コラムニストとしての高田さんと現場で会うようになった。ある日、東京ドームの記者室で、私がなにげにグチをこぼすと、高田さんに「竹下君。ぜいたく言っちゃイカン。書く紙面があることは、ありがたいこと、幸せなことなんだよ。君は、それが分かっていない」と叱責(しっせき)された。あまりに激しい口調と言われたため、私もつい、反発。物別れになった。以来、高田さんと会っていない。 あれから、時が流れ、私も定年を過ぎ、62歳と7カ月。高田さん、その節はすみません。今になって、あの日の高田さんの言葉がみにしみます。そして、ひたすら、原稿と向き合う満薗さんの姿も一生、忘れない。人間臭さと泥臭さと愛と優しさと、スケベ心と…。紙のトーチュウがなくなっても、トーチュウ魂は、永遠に不滅です―。
中日スポーツ