「複雑で自由で多様」....世界が愛する日本アニメ、これからも世界で愛される理由とは
ビジネスでの成功が追い風に
近年の日本アニメにとっての成果は、長年の課題だったビジネス面での成功だ。関係各社の海外売り上げが大きく伸びている。 かつては作品の人気に比べると、日本が得られる利益が少ないとされていた。アニメを販売する各社が海外で大きく儲かったとの話もあまり聞かなかったし、日本のアニメスタジオの多くは中小企業のままだ。 それはアニメビジネスの形態によるところも大きかった。かつてのアニメビジネスは、国・地域それぞれの配給会社に、定額でその国・地域の権利を販売して終わりだ。番組を購入する現地企業の大半が映像会社だから、関連グッズなどの商品展開もない。日本のような2次展開のビジネスは期待できなかった。 さらに大きな問題は、海賊商品だ。ひと昔前のアニメに詳しいファンなら、海外で日本アニメと言えば海賊版を思い浮かべる人もいるだろう。00年代末頃まで、日本アニメの海賊版はリアルにもネット上にも世界中にあふれていた。 筆者は00年代半ばに訪れた上海で、ビル1棟を丸ごと使って海賊版を売っている店を見つけて驚愕した。道路の端から端まで海賊版の露店という光景も目にした。そこではDVDはもちろん、グッズからコスプレの衣装まで、全て海賊版といった状況だ。 中国だけでなく、どこの国も似たような状況だった。アメリカやフランスなどで開催される大きなアニメイベントの会場は、海賊商品のショップが大にぎわいだ。 海賊版があふれた理由は価格の安さもあったが、むしろ十分に正規品を供給できていないことだ。ビデオソフトですら発売は日本よりも何年も遅れ、商品のラインアップは限られ、それさえどこで買えばいいか分からない。 ■世界同時配信のインパクト しかしカルチャーサイドだけでなくビジネスサイドでも、過去10年で状況は大きく変わっている。今や日本企業は新しい市場は海外にあると認識して、各国に直接進出し、自ら利益を上げる構造を築きつつある。 先頭に立ったのはソニーグループの成功だ。ソニーミュージックのアニメ事業子会社であるアニプレックスと米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントは21年、日本アニメ配信サイトのクランチロールを、当時約1300億円で傘下に置いた。グループのアニメ事業売上高は今や世界で3000億円規模にもなり、グループの重要な事業だ。 もう1つビジネスが広がったきっかけは配信だ。ネットフリックスやクランチロールといったサイトが日本とほぼ同時にアニメを海外配信することで、作品の人気も情報も世界同時に広がる。 配信時代を代表するのが『進撃の巨人』だ。13年のアニメ化のタイミングは、アメリカと中国で日本とほぼ同時に正規配信が始まった12~13年だった。これによりあらゆる国でほぼ同時に人気が爆発し、作中に登場する調査兵団のコスプレも世界のイベントに一斉に出現した。世界のアニメファンが一体化した瞬間だ。 アニメを関連商品や音楽、イベントにつなげる日本型のメディアミックスも世界に広がり始めている。23年に世界的なヒットになったYOASOBIの「アイドル」も、アニメ『【推しの子】』のテーマソングだ。アニメでは、ビジネスの仕組みでも日本式が世界に広がっている。 そんな時代、日本アニメは今後どうなるのだろうか。確かなのは、アニメはこの先も世界的にかなりの成長ジャンルだということだ。そこに大変な数のファンがいるからだ。 ただそのファンのほとんどは、今や日本の外にいる。いま海外で日本アニメのスタイルを取り入れた作品が次々に誕生し、人気を獲得している。受け手だけでなく、作り手のグローバル化も急激に進んでいる。 今後日本以外で生まれた作品が「ANIME」として世界に広がっていくはずだ。その時、日本は何をもって日本独自のアニメを打ち出せるか問われるだろう。 答えの1つは『君たちはどう生きるか』にある。この作品が世界で圧倒的な評価を得ている理由には、2Dの手描きの素晴らしさ、ハリウッド的な善悪二元論とは異なる複雑なストーリーがある。世界が求める日本らしさの鍵がここにあるのではないだろうか。
数土直志(すど・ただし、アニメーションジャーナリスト)