「複雑で自由で多様」....世界が愛する日本アニメ、これからも世界で愛される理由とは
大きな転換点は『AKIRA』
日本アニメが海外で多く放送された理由は、そもそも00年代まで世界でテレビアニメを量産できる国がアメリカと日本にほぼ限られていた事情がある。 日本作品はもともと国内向けだったため、日本で既にビジネスは完結しており、海外には格安で番組を販売できる事情もあった。 各国のテレビ局は安く調達できる子供向けの番組として日本作品に飛び付いた。しかし海外の配給会社には番組が日本製であるとアピールする理由はなく、むしろ現地の子供たちに受け入れられやすいようにローカライズの工夫をした。 日本側も現地のローカライズに無頓着なところがあり、日本アニメは当初は日本製と気付かれず浸透していった。 大きな転換点となったのは、89年にアメリカで公開された『AKIRA』だ。本作では、むしろ「日本」が強調されている。物語の舞台は近未来の東京で、社会から疎外された少年たちがサイバーパンクなアクションを繰り広げるSFアニメ映画である。 主人公の金田は、細くつり上がった目、真っすぐな黒い髪、きゃしゃな体で、日本人そのものだ。ほかのキャラクターも同様で、見る側は日本を意識せざるを得ない。それまでの日本作品の登場人物が、8等身で金髪で大きな目をしているなど、無国籍なところがあったのとは対照的だった。 しかも『AKIRA』のディストピアな未来や複雑に絡み合う設定、激しいバトルは、同時代のSF小説や大人向けの映画に比肩するものだった。こうした題材がアニメーションで表現可能であること、子供のためでない大人の映像として成立することが、過去の作品とは何もかもが異質であると印象付けた。 『AKIRA』が当初、子供向けアニメ番組の視聴者とは異なる映像やアートなどのクリエーターらから絶大な支持を受けたのも納得できる。 『AKIRA』が開拓したファン層は、その後『攻殻機動隊』『獣兵衛忍風帖』『銃夢』といった作品に向かっていく。熱狂的なファンに支えられた映画やOVA(ビデオ向けアニメ)で展開される大人向けの作品群である。 これらはまた現在の深夜アニメと呼ばれるヤングアダルト向けの作品の源流でもある。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』『【推しの子】』など現在の世界的な人気作品もこの系譜にあると言えるだろう。 さらにもう1つ、80~90年代には別の日本アニメが海外に広がっている。スタジオジブリである。 世代を超えて鑑賞できる心温まるストーリーが、良質なアニメーションとして国境を超えて支持を集めるようになった。スタジオジブリがとりわけ注目された理由は、アニメーターの職人技とも呼べる手描きの素晴らしさだった。 90年代以降、世界のアニメーションの中心地であったハリウッドや、それに追随する世界の大きなスタジオの多くが制作の主力を手描きからCGに移していく。この中で素晴らしい手描きアニメーションを作り続けるスタジオジブリの作品の魅力は、かえって輝きを増していった。 スタジオジブリの世界的な評価の確立は、02年のベルリン国際映画祭での『千と千尋の神隠し』の金熊賞(グランプリ)受賞にある。映画界の最高峰とされる場所で、アニメーション作品がグランプリを獲得したことは当時大きな事件だった。 スタジオジブリには国境や世代を超えて共感される物語があり、世界的に普遍のテーマがあるとの評価がここで広く認められた。 ■日本アニメの多様さと自由さ キッズ向けのテレビアニメ、ヤングアダルト向けのエッジの利いた作品、それに作家性を発揮しつつも世代を超えるスタジオジブリと、世界に送り出される日本アニメはばらばらで、脈絡がないように映る。 だが「日本アニメ」全体に対する評価は、むしろこの幅広さと多様性にある。あらゆるジャンルの物語、表現、映像が飛び出すことこそが日本アニメの特徴であり、強みなのである。 海外の人気とひとくくりにされがちだが、実際には「海外」という国があるわけではない。そこにあるのはアメリカや中国、フランス、タイといった歴史も文化も異なる国々だ。そうした異なる文化に対して、それぞれに違った文脈で違った作品をアニメは届けることができる。 もちろん『ドラゴンボール』や『NARUTO』『ポケモン』のように、世界中で人気という作品はある。しかし『ドラえもん』や『名探偵コナン』の人気はアジアが中心だし、アメリカではサイバーパンク、アクション満載の作品が好まれる。 70年代、80年代のテレビアニメはヨーロッパで広く受け入れられてきた。さらにフィリピンで実写ドラマ化もされた『超電磁マシーン ボルテスV』の人気は70年代末の同国に限られた現象だった。日本アニメの受け入れられ方は一般に考えられているより多様で複雑だ。むしろここに日本アニメの人気の秘密がある。 ただし日本アニメはいつの時代にも、どの国でも人気があったわけでない。自由奔放な表現もあり、作品を規制する動きも少なくなかった。有名なのが、80~90年代に起きたフランスでの排斥運動だ。 後にフランス大統領選にも出馬する政治家セゴレーヌ・ロワイヤルらは、日本のアニメやマンガはエロとバイオレンスに満ちていると主張し、結果として日本のアニメのテレビ放送が一気に減ることになった。 中国でも00年代初めに『テニスの王子さま』『鋼の錬金術師』などの人気が盛り上がったが、00年代半ば以降はテレビ放送の新たな番組許諾が全く下りなくなり、人気は下火になった。 再び盛り上がるのは、10年代になって動画配信サイトが正規配信を始めてからだ。こうした規制は今でもあり、表現規制の強まっている中国では、近年、現地で上映や配信ができない日本アニメが増えている。過去数年で日本アニメへの規制が緩和された中東でも、同性愛表現は厳禁だ。 さまざまな表現に果敢に挑戦することが日本のアニメの強みの1つだけに、こうした規制が今後強まるかどうかは制作側にとっても気になるところだろう。