古市憲寿が教える「イージーモード」な人生の選び方
ゲームを始める時、難易度設定を選べることがある。「イージー」「ノーマル」「ハード」といった具合だ。そんな時、僕は迷わずイージーを選ぶようにしている。
考えてみたら、ゲームに限らず、現実世界においても常にイージーモードを選んで生きてきた。ゲームや異世界転生漫画のように、目の前に選択肢が現れることはない。だが適切な手順を踏めば、現実でもきちんと難易度を選ぶことは可能である。 まず自分のスペックを冷静に分析する。RPGなら「戦闘力」や「魔力」だろうが、もっと細分化して考えた方がいい。「理路整然とした文章を書ける」「人と会うことが苦痛にならない」「不快感を与えない容姿」などだろうか。 その上で、自分のスペックに見合った人生プランを考える。現状維持や、「自分にはこんな仕事しかない」というあきらめ交じりの選択が、必ずしもイージーモードというわけではない。ゲームと同じで、人間には常にレベルアップの可能性があるからだ。ここで大事なのは、自分の能力の中で、成長させやすい分野と、そうでない分野を見極めること。人には向き不向きがある。不向きなことを延々とやり続けるのは時間の無駄。 「自分には何が向いているか分からない」という人もいるだろう。解決策は二つ。一つは身近な人に聞いてみること。自分のことに自分が詳しいとは限らない。特に「能力」という社会的に判断されやすい事柄に関しては、他人の意見の方があてになる。
二つ目は努力しなくてもできることを探す。よほどの天才を除き、「絵を描くのが苦痛」という人は、漫画家に向いていない。子どもの頃から暇さえあれば落書きをしてしまう人の方が、絵がうまくなる可能性は高い。全ての努力が無駄とは言わないが、努力だと感じている時点でその分野は向いていないともいえる。好きなことなら、いくらしても努力だとは思わない。 メイクやファッション、ダイエットによって見た目や雰囲気も変えられる。ルッキズムが批判される時代だが、裏を返せば「人は見た目が9割」ということ。でもここにも適性がある。難なく節制ができる人と、ダイエットに失敗し続ける人がいる。 小学生の頃、夏休みの宿題をギリギリまでやらなかった人は、肥満者になる傾向が高いという研究がある。幼少期に自制心を身に付けられなかった場合、大人になってから矯正するのは難しい。それなら無理して痩せるよりも、「親方キャラ」として生きていくほうが合理的だろう(そのような賢明な選択をしている有名な役員が新潮社にもいる)。 もちろんどんな人生を送るかは自由。簡単に進める道があるのに、わざわざハードモードを選びたい人もいるだろう。その努力が周囲の心を打つこともある。うまくいかずに傷つくこともあるだろうが、そんな時はイージーモードに戻ってくればいい。逆は難しいが、ハードからイージーへの難易度変更は簡単である。 古市憲寿(ふるいち・のりとし) 1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。 「週刊新潮」2024年12月19日号 掲載
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