お小遣いゼロ、習い事にも行けない…日本社会で見過ごされてきた「体験格差」の現実
習い事や家族旅行は贅沢? 子どもたちから何が奪われているのか? 低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」、人気の水泳と音楽で生じる格差、近所のお祭りにすら格差がある……いまの日本社会にはどのような「体験格差」の現実があり、解消するために何ができるのか。 【写真】低所得家庭の子どもの約3人に1人が「体験ゼロ」の衝撃! 発売即4刷が決まった話題書『体験格差』では、日本初の全国調査からこの社会で連鎖する「もうひとつの貧困」の実態に迫る。 *本記事は今井悠介『体験格差』から抜粋・再編集したものです。
体験の少ない子ども時代の意味
子ども自身の目から見たとき、体験格差の問題はどのように映っているのだろうか。 私たちチャンス・フォー・チルドレンがかつて教育費の支援にあたった松本瑛斗さん(当時高校生、現在20代)に、子ども時代を振り返りながら話を聞かせていただいた。松本さんの両親は彼が小学校に入る前に離婚し、その後は今にいたるまで祖母、母、弟、妹と公営住宅での5人暮らしが続いている。 ---------- 事例:子どもの頃は買えなかったピアノ 松本瑛斗さん ---------- ──両親が離婚されてからはお母さんが家計を支えてこられたんですか。 母も最初は働いていました。でも、一人で子ども3人を育てる大変さもあって、精神障害のほうで働けなくなってしまったんですね。その頃に祖母も一緒に暮らし始めました。 祖母はずっと看護師をしていて、祖母の貯金でやりくりしていた時期もあったんですけど、その貯金も尽きてしまって。自分が中2になるぐらいまでは粘っていましたけど、その頃からは生活保護を利用するようになりました。 祖母は早めに脳梗塞をやって、今はがっつり介護が必要な状態です。一人ではいられないので、誰かが一緒にいないといけません。 ──生活保護を利用し始めたことは、中2だった頃の松本さんご自身も知っていましたか。 僕はわかってましたね。弟と妹はまだ知らなかったと思います。人の税金で生活させてもらっているという後ろめたい気持ちがずっとありました。公営住宅に住んでいることについても、目に見える格差というか、子どものときから感じていましたね。 保護を受ける前はまだ車があったので、近くの牧場に行ったりしました。うちの母はそういうのはいっぱいやってくれたかな。大きなのは無理だけど、入場料が500円の小さい音楽のリサイタルとか、絵画展とか、昔はよく連れてってくれたなって。 ──生活保護を利用して、車が持てなくなってしまったんですね。 だから、全然変わりますよね。保護を受けている間は遠出も何もなくなって。あとは、やっぱり母が病気になったということもありましたし。 ──お小遣いとか、自分が自由にできるお金はありましたか。 ゼロです。お年玉もゼロ。クリスマスとか誕生日とか、基本何もなかったです。どこにも行かないし、何かをもらったりとか、ねだったりとかも全然なかった。お小遣い、いいですよね、もらえるのって。 ──習い事に通うというのも経済的に難しそうですね。 小学生のときにみんなは習い事に行ってるけど僕は行けないとか。ゲームとかもそうかな。一回も買ってもらったことないです。 休み時間とかはよく音楽室にいました。ピアノを弾くのが好きだったので。こういう学校の活用の仕方があるんだってことをちゃんと理解してたのかもしれないです。 当時は塾に行きたいと言って母とよく喧嘩してましたね。中2、中3くらいからみんなも塾に行き始めて。でもうちでは全然無理だったので、高校受験は自分の力で乗り切ったって感じです。塾の費用はやっぱりすごい高いので。 私立の高校に行きたいとかって思ったこともあったし。私立は本当に贅沢というイメージでしたけど。 ──部活には入っていましたか。 中学では部活もしてなかったです。中3ぐらいまでは喘息で体育もほとんど参加できないくらいで。年に3回参加できたらいいかな。それ以外は休んでました。 高校生になって、吹奏楽部に入ったというか、ピアノ弾いてただけなんですけど。結局お金がかけられないので、別の学校と合同練習したりとか、コンサートとか、どこかに遠征に行くというのは、僕は行けない。そもそも吹奏楽では、ピアノは目立つ仕事ではなくて。 楽器は高くて買えないので、学校にあるピアノで。無料でできるようなところしかやってないです。トランペットとかもやってみたかったですけどね。それこそクラシックが好きだったので、オーケストラにある楽器は全部好きですし。 陸上部にも籍を置いて短距離をやってました。これも、試合に出るとかはしないで練習だけですけど。あとは、部員がいないところから何人か集めて科学部の部長をやってました。興味は広いんだと思います。一つでは飽き足らないというか。 ──お金の制約が大きくある中で、色々やってみたいことをやってきたんですね。弟さんや妹さんはどうでしたか。 自分と違って、二人ともあまり欲みたいなものを持たないですね。お兄ちゃんが「あれがほしい」「これがしたい」と言って親と喧嘩してるのを見て何も言わなくなったのかもしれないです。僕が勝手にそう思ってるだけですけど。 ──その後、大人になって、働くようになって。 今も余裕はないんですけど、5人家族の家計の半分くらいは僕が支えています。僕が20歳くらいのときに、家族全員で生活保護もやめました。車も今はあります。 人生で最初の大きな買い物は、成人してから買ったピアノですかね。電子ピアノなんですけど、グランドピアノに近い音質を出せるやつで。やっと買うことができて。 高校生のときより腕は落ちてますけど、毎日仕事に行く前に弾くようにしています。 本書の引用元『体験格差』では、「低所得家庭の子どもの約3人に1人が体験ゼロ」「人気の水泳と音楽で生じる格差」といったデータや10人の当事者インタビューなどから、体験格差の問題の構造を明かし、解消の打ち手を探る。
今井 悠介(公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事)