【西武投手王国への道】才能の芽が次々と開花する土壌「若い子たちが自信を持つというのはこういうことなんだなと」(豊田コーチ)
チャレンジを推奨する姿勢
思い返せばリーグ連覇した18、19年シーズン、投手陣は“山賊打線”におんぶに抱っこだった。それが今や打線は得点力不足に苦しむ半面、12球団で1、2を争う投手力を誇るのだ。 なぜ、これほどチームの特色が一気に変わったのだろうか。もちろん毎年選手は入れ替わり、球界全体で“投高打低”が急速に進んでいる。 だが西武投手陣に目を向けると、じつに個性的な面々がそろっている。 「(ストレートで)アウトコース低めを狙うのはまったく意味がない」 そう断言するのは平良だ。名将・野村克也さんが“原点”と表した外角低めを狙うより、速球は真ん中高めを狙ったほうが空振りを取れる。それがデータの裏付けを持った最新理論で、平良は忠実に実行している。 右肩の張りで開幕先発ローテーションから外れた高橋はシーズンオフに6、7kg増量した一方、陸上競技の男子200メートル障害の元アジア最高記録保持者で西武ではスプリントコーチを務める秋本真吾氏から走り方を学んでいる。「速度×質量=運動量(物体の運動の激しさ)」であり、どれだけ球に力を強く伝えて前方へリリースできるかに関係する。秋本コーチが「こうした目的で走ることを教えるとは思っていなかった」と驚くほど西武の柱は成長に貪欲だ。 ホールド数を22年の20から23年に2と減少させた本田は危機感から投球フォームを改造して今季に臨む。その際に活用し始めたのが背中のリュックに刺す2本の“矢”だ。「フレーチャ」という器具で、今季ドジャースに移籍した山本由伸の独特な練習法として知られる。俗に言われる「槍投げ」だが、フレーチャは山本がオリックス入団1年目から師事する矢田修トレーナーが監修し、身体全体を連動させて投げないとうまく飛んでいかないのが特徴だ。本田は「長いものを投げたい」とネットで調べてたどり着いた。 昨今の選手たちは情報に敏感で、外部のトレーナーやアナリストらと個人契約する者も少なくない。だが球団によっては“外様”を嫌がるところもある。投球動作における身体の使い方まで一律に指示する指導者もいれば、山本由伸の投げ方は“例外”と見なしてフレーチャを禁じる球団もあるくらいだ。 対して、西武は寛容だ。豊田コーチは基本姿勢をこう話す。 「各々がシーズンオフにやる取り組みはこちらも尊重するから継続していきましょうと。でも練習環境として『こいつだけ特別』というわけにいかないから、各自がやりたいこととチームでやるべきことをうまく組み分ける。(投内連係など)チームとして当たり前のことは当たり前に行える。同時に、選手自身の取り組みは徹底的に突き詰めてもらう」 以上の裏にあるのが渡辺久信GMのチャレンジを推奨する姿勢だ。その下で企画部は積極的に動き、トラックマンの導入にも至った。同部のトップは特に好奇心旺盛で「血糖値でメンタルを読む」という研究を行う東洋大の加治佐平特任准教授との連携も始まった。入団1年目、そうして睡眠の質を改善したのが隅田だ。同22年に1勝10敗と負け越した左腕は翌年に9勝10敗と大きく巻き返した。睡眠の質は選手にとって極めて重要で、今の西武はこうした細部から突き詰めているのだ。 選手の成長を見ながら指導者も学んでいく。それが西武の好循環だ。豊田コーチはこう話している。 「うちは若いピッチャーが多いのでもろさは絶対出ると思いながらこの2年間やらせてもらっている中で、彼らが地力をつけてきている。若い子たちが自信を持つというのはこういうことなんだなと、あらためてこっちが勉強させてもらっているかな」 投手王国再建――。 言葉で言うほど簡単ではないが、今の西武ならと思わされるほど才能の芽が次々と開花しようとしている。その土壌には何があるのか、つぶさに観察してレポートしていきたい。
週刊ベースボール