ひとり暮らしの哲代さん(104) 戦前の修学旅行で満州へ 16日間もの長旅&出迎えてくれたのは…なんと「溥儀さん」?!
満州の大都市に刺激を受け続けた、上下町育ちの哲代さん。さらに…。 石井哲代さん(104) 「満州国皇帝陛下が出てくれちゃった。私らが修学旅行に行ったら『よく来てくれました』いうて。溥儀さんが。ほいで、おつきを二人ほど連れてね」 ■「教師の卵」たちを出迎えたのは…ラストエンペラー?! 清朝のラストエンペラー、愛新覚羅溥儀。首都、新京の宮殿を見学した際に、出迎えてくれたといいます。 Q.(溥儀さんの)顔が見えましたか? 石井哲代さん(104) 「見えました、見えました、そこへ出ちゃたんじゃけぇ。やっぱり緊張はしましたね。溥儀さんいうてね…」 「♪人民三千万、人民三千万♪、いう国歌を歌いました。ハッハッハ。…いうのは覚えとるね」 「そりゃそうよね。もう100年前の話をしよる。はっはっは」 「もう(撮影を)やめときなさいませ。栗を食べた方がえぇ」 哲代さんは、ハルビンで食べた3色アイスクリームの味が忘れられないということです。 また、観光学が専門で、せとうち観光専門職短大の内田忠賢副学長によりますと、「海外への修学旅行」は、哲代さんが行った翌年の1940年ごろから、戦況悪化のためできなくなり、再開したのは、戦後の1972年。宮崎県の高校が、韓国に行くまで32年間も、途絶えていたということです。
中国放送