『おむすび』が正面から描いた阪神・淡路大震災 “冷たいおむすび”が悲しい記憶の象徴に
「なんでそんな顔すんだ?」 「多分、あの日から……9年前。1995年1月17日」 結(橋本環奈)は、いつもどこか悲しそうな顔をしている理由を翔也(佐野勇斗)に語り始める。『おむすび』(NHK総合)第21話では、当時6歳だった結(磯村アメリ)の“あの日”の記憶が描かれた。 【写真】「じゃあまた明日、学校で」と別れた歩と真紀 9年前の1月、結たち家族が暮らすさくら商店街にアーケードを設置する計画が大詰めに差し掛かっていた。商店街側の責任者に選ばれ、署名活動を行なっていた聖人(北村有起哉)。住民のほとんどは賛成してくれたが、唯一反対していた靴職人の孝雄(緒形直人)を説得することは叶わなかった。 だが、歩(高松咲希)と孝雄の娘・真紀(大島美優)の友情は続いており、歩はおしゃれなお店が立ち並ぶ神戸のトアロードで真紀に服を選んでもらったと喜んで帰ってくる。モデルを目指していることもあり、センス抜群の真紀がセレクトしたチェックのワンピースをみんなに見せびらかす歩。それを羨ましそうに眺めていた結に、真紀は『美少女戦士セーラームーン』の変身アイテムみたいなアクセサリーを首からかけてくれた。真紀は優しくて、おしゃれで、かわいくて。歩にとってはもちろん、結にとっても自慢の友達だったに違いない。 その日は3連休の最終日で、歩と真紀は「じゃあまた明日、学校で」と言葉を交わして別れる。誰もがいつも通りの明日が来ると信じて疑わなかった。しかし、翌朝5時46分。二人で眠っていた歩と結を震度7の地震が襲う。その直前に「このあと地震の描写があります」という注意書きが画面に表示され、覚悟はしていたが、激しい揺れとともに家具が倒れ、天井まで音を立てて崩れていく様に思わず身体が硬直した。 阪神・淡路大震災から7年後に創設された「人と防災未来センター」。筆者は同館の震災追体験フロアで地震破壊のすさまじさを大型スクリーンに映し出される映像と音響で体感したことがあるのだが、あまりの恐怖で言葉も失い、立ち尽くすことしかできなかったのを覚えている。そんな中で、歩は咄嗟に結の上に覆い被さって倒れてくる家具から守った。自分だってまだ中学生で怖かっただろうに。いざという時、後先考えずに体が動いてしまう米田家の性格は歩もしっかり受け継いでいたのだ。 一方、結が朧げながら覚えているのは、揺れがおさまったあと、急いで部屋に駆けつけてきた聖人と愛子(麻生久美子)が抱きしめてくれたこと。そしてわけもわからぬまま、家族で瓦礫の中を歩いて避難所になった小学校まで歩いて行ったこと。そこでは誰もが不安そうに身を寄せ合っていて、時折家族が瓦礫の下敷きになった人が必死で助けを求めにやってきた。 『わろてんか』(2017年度後期)や『らんまん』(2023年度前期)では関東大震災、『あまちゃん』(2013年度前期)や『おかえりモネ』(2021年度前期)では東日本大震災と、これまでも数多くの作品で震災を描いてきた朝ドラ。その中でも本作が稀有だったのは、十人いれば十人感じ方が異なる震災を子供の目線で切り取ったことだろう。記憶が曖昧という点もそうだが、大人たちがみな深刻に避難所で過ごす中、状況がよく理解できていない結は学校の友達と「幼稚園休みかな? 一緒に遊べるね」と笑い合っていた。避難所に似つかわぬ子供たちの呑気な声が逆にリアリティを醸成している。 だが、そんな結にも思い出すだけで胸がチクリとする記憶がある。それは、三浦雅美(安藤千代子)という避難所におむすびを差し入れてくれた女性に「おばちゃん、これ冷たい。チンして」と無邪気に言ってしまったこと。三浦は電気もガスも止まっていて電子レンジが使えないことを丁寧に説明した上で、「おばちゃんち出た時はおむすびホカホカやってんけどなあ」と被害に遭った街を歩いているうちに冷めてしまったことを涙ながらに明かす。そして「おばちゃんな、生まれも育ちも神戸やねん。大好きな神戸の街があんなんなってんの見たら……」と言葉を詰まらせる三浦。演じる安藤は神戸出身で実際に震災を経験し、現在は語り部としても活動しているという。ゆえにその言葉には熱がこもっており、直接描写はされずとも彼女が歩いてきた道のりさえも感じさせた。 しかし、最後には「でも、大丈夫。絶対、大丈夫やから」と安心させてくれたこと、冷たいおにぎりの味も、そのおにぎりのおかげで不安そうにしていたみんなが少しだけホッとした笑顔を浮かべた瞬間のことも、結は覚えている。結が「美味しいもん食べたら、悲しいことちょっとは忘れられるけん」と悲しい顔をしている人に食べ物を渡すのは、そこから繋がっているのだろう。2025年度前期には『アンパンマン』の作者・やなせたかしとその妻をモデルにした朝ドラ『あんぱん』が放送されるが、奇しくもお腹のすいた人や困っている人に自分の顔を分け与えるアンパンマンとも共通する精神だ。結も震災の経験から、みんなを元気にするために食べ物を分け与えてきたが、まだ自分の心は癒せていない。
苫とり子