「やけどで苦しむ人を笑顔に」 桂由美さんの言葉胸に刻むデザイナー
「髪は男性、女性どちらにとっても命。髪を通じて悩んでいる人の心を癒やしてあげて下さい」。日本熱傷ボランティア協会の代表を務める上野和彦さん(71)=愛知県日進市=は、約2カ月前の4月26日に亡くなったブライダルデザイナーの桂由美さんから掛けられた言葉が今も忘れられない。上野さんは「同じデザイナーとして、命ある限り、人を幸せにしたい」と誓う。 上野さんは子どものころ、囲炉裏に転落して大やけどを負い、後遺症に苦しんできた。理容師になって医療用かつらを手がける傍ら、1975年に「日本熱傷ボランティア協会」を設立。ヘアクリエーターとして、やけどの後遺症に悩む人や家族のケアをするボランティアに取り組んできた。 ブライダルファッションを日本に広めた桂さんとのつながりは、85年に協会の熱傷根絶を訴えるイベントで、松枝衣裳店総本店(名古屋市、現・ブライダルファッションMATSUEDA)を通じて、桂さんの衣装を無償で提供を受けた時のこと。 92年のチャリティーショーでも、桂さんの衣装提供を受け、上野さんが手がけたヘア作品を初めて発表し、反響があったという。 上野さんは「独創的なデザインに感動した。いつかお会いできれば」と願っていた。 初の対面の機会が訪れたのは、2013年5月に韓国で開催された「韓国ビューティー文化世界大会」。特別審査員を務めた上野さんは、会場で桂さんを見かけ、思い切って声をかけた。熱傷による後遺症の苦しみや、著名人に書いてもらった色紙を用いてボランティア活動していることを紹介すると、桂さんは「お役に立てることがあればいつでも協力します。私はドレスで人を幸せにしたい」と話した。当時83歳だったという。 帰国後、上野さんがお礼の手紙を出すと、色紙3枚とローマ字でサインをした2人のツーショット写真が届いた。 上野さんは「気品があってきれいで可愛い一面もある。人柄がドレスに表れていて、前を向く姿に感動した」と振り返る。 19年には上野さんが黄綬褒章を受章し、授章式のために滞在していたホテルに桂さんがやってきて、「髪は男性、女性どちらにとっても命。上野さんはこれからもやけどで悩む人の心の癒やし、笑顔にしてくださいね」と熱く語った。この会話が最後となった。 上野さんの手元には、桂さんとのツーショット写真と色紙が大切に保管されている。 「気さくで優しい人柄を忘れることはできない。素晴らしい出会いに感謝しかない。桂さんの言葉を胸に刻み、ヘアクリエーターとしてトータルファッションをめざして日進から世界に発信していきたい」(松永佳伸)
朝日新聞社