【紅葉の秘湯】山塩館 秘境の村の“塩泉”と地歌舞伎に誘われて
紅葉の見ごろ 10月中旬~11月中旬
俳優・原田芳雄の遺作として記憶される、2011年公開の映画「大鹿村騒動記(おおしかむらそうどうき)」は、南信州に実在する大鹿村が舞台。秋の地歌舞伎公演までの数日間を描いていた。画面に映る色付いた山あいの集落は、堀辰雄の訪れた昭和初期の軽井沢並みに牧歌的な、紛れもない「美しい村」に見えた。大楠(おおくす)道代演じる認知症の妻が、「しょっぱい!」と今さらながらに驚いた温泉も気になる。紅葉の季節には早いが、癒やしを求めて中央道を西へ向かった。 中央道松川ICから松川市街を抜け、天竜川を渡り、支流の小渋(こしぶ)川に沿って車を走らせる。小渋峡の両岸も秋には色付き、紅葉を愛でながらのドライブが楽しめる。 昔ながらの山塩づくりを受け継ぐ「塩じい」こと平瀬長安さん 鹿塩(かしお)川の支流、塩川沿いの高台に山塩館があった。敷地内の源泉は、海水と同程度の塩分を含んでいる。標高750㍍の山間地になぜ〝塩泉〟が湧くのか、今も解明されていない。大鹿村の地下を南北に貫く中央構造線は、約1億年前にできた断層で、壮大な地殻変動の歴史が関係しているのかもしれない。
色付く原生林を眺めながら内湯で湯あみ
宿に着いたら早速ひと風呂浴びる。浴室は横並びに2か所あり、男女交替で利用。どちらも山に面して窓が大きく取られ、色付く原生林を眺めながら湯あみができる。館主の平瀬定雄さんによると、ブナやコナラが多く、黄色からオレンジ色のグラデーションで染まる山肌に、常緑樹の緑とヤマモミジやナナカマドの赤が点々とアクセントになるという。「17時頃に入るのがおすすめです」と平瀬さん。日没直後の薄明が、紅葉をより幻想的に見せるそう。 湯は12度の源泉を加温している。塩分濃度が高いが、海水のように肌にべたつかない。保温性に優れ、湯冷めしないので、晩秋にはぴったり の温泉だ。
「幻の塩」を使った料理の数々を味わう
宿の敷地内にある小さな製塩所を見せてもらった。「源泉を蒸発させて塩を作ります」と言って平瀬さんが手押し井戸ポンプを押し下げて源泉(井戸水)を出してくれた。なめてみるとかなりしょっぱい。山塩館から始まる大鹿村の製塩の歴史は、明治時代に遡る。今も「塩じい」の愛称で親しまれている先代の平瀬長安(ながやす)さんが、朝から夕方まで源泉を煮込んで塩作りをしている。精製される塩の量は源泉のわずか3%足らず。「幻の塩」と呼ばれるゆえんだ。 この塩を使った料理が宿の自慢だ。野生鹿のロティ(オーブン焼き)は、低温でじっくりと焼き上げ、山塩を付けて食べる。にがり成分の少ない塩が軟らかい鹿肉の旨味を引き立ててくれる。朝食の大鹿豆腐も山塩でいただく。大豆本来の味がダイレクトに感じられる。「採れたての安全な地元食材を、手を加え過ぎず、自分たちが本当においしいと思う料理にしてお出しします」と平瀬さんは言う。華美で豪勢な料理ではなく、素材の良さを活かしつつひと手間加えた料理が並ぶ。 客室は、現在使用している10室すべてが川と山側に面しているので、窓から紅葉を眺められる。庭にはエドヒガンザクラの大木もあり、春には部屋から花見ができる。3階の3室は19年にリニューアルし、ベッドを備えた和モダンな客室になった。ほかの客室も今年12月から工事に入り、営業再開は来年2月の予定だ。 300余年の歴史がある大鹿歌舞伎の秋の定期公演は、10月第3日曜。村の子どもは小学生の時から歌舞伎を習うといい、いかに住民に愛され、伝承されているかがわかる。紅葉期に舞台を見れば、心身ともにリフレッシュできそうだ。 文/田辺英彦 湯元 山塩館 ☎0265・39・1010 住所:長野県大鹿村鹿塩631-2 客室:全10室 温泉:ナトリウム―塩化物強塩冷鉱泉 料金:2人1室利用 平日1万8850円~、休前日2万500円~ 1人1室利用(繁忙期を除く)平日2万1050円~、休前日2万2700円~ 交通:飯田線伊那大島駅からバス32分、鹿塩下車徒歩10分(送迎あり、要予約)。またはバスタ新宿から高速バス3時間45分の松川インター下車、バスに乗り換え45分の鹿塩下車、以下同じ/中央道松川ICから21㌔