「これは地獄だ」 想像もしなかった万人単位の死、最前線で向き合った人々 #知り続ける
「土葬に」 上司の言葉に思わず聞き返した
さらに深刻なのは、火葬場が絶対的に足りないことだった。 県内には27の火葬施設があったが、津波や揺れで壊れた所や、燃料や電気が途絶えた所があり、一日に火葬できるのは15日時点で計50体ほどだった。身元がわかって家族に引き渡されても、遺体の行く先がなかった。 「ある首長が『土葬にしたい』と言ってきた。調べてくれ」 県庁で埋火葬を担当するのは、食と暮らしの安全推進課。課長補佐だった武者光明(59)は、「えっ」と上司の指示を聞き返した。
日本の法律は土葬を禁じておらず、場所によって数十年前まで当たり前だった。部下がネットで奈良県に土葬習慣があった地域の例を見つけ、奈良県庁にも相談をして、土葬マニュアルをつくった。各市町村に流したのは17日だ。 「冷たい水の中で亡くなった人を、また冷たい土の中に入れるなんて、つらい」 ただし、この時はあくまでも「土葬」の想定。いったん地中に眠らせた2千体以上の亡きがらを、すぐ掘り返すことになると、武者は思いもしなかった。
防災計画、広域火葬……備えは進んだけれど
宮城県内の死者・行方不明者数は、最終的に計1万757人。県警本部長・竹内の予想は不幸にも的中した。 竹内は「ご遺体を家族のもとに帰すことが、次への一歩になる」とした上で、警察と市町村との連携や、行方不明者の情報把握の点で課題があったと話す。 今年1月に発生した能登半島地震で直接死は200人以上に上り、東日本大震災後の地震災害では最多となった。切迫しているとされる南海トラフ地震では最悪32万人超、日本海溝沿いの巨大地震では19万人超、首都直下型地震なら2万3千人の死者が出ると、政府は想定する。 震災後、自治体の地域防災計画は大幅に改定され、安置所の候補地や遺体を扱う分担、手順について、細かく書かれるようになった。大災害時に火葬の余力がなくなった地域から、他の地域に遺体を運ぶ広域火葬計画も、全都道府県で策定された。 ただ、どれだけ死者の尊厳を守れるかは、起きてみないとわからない。 災害には、対策を重ね、犠牲をゼロに近づけることが第一で、「大量死」への備えは語りにくいテーマだ。それでも、千、万単位の犠牲は起きうる。 私たちに、向き合う覚悟はできているだろうか。 (この記事は、朝日新聞とYahoo!ニュースによる共同連携企画です)
朝日新聞編集委員・石橋英昭