令和6年度・講談社 本田靖春ノンフィクション賞、受賞作品発表! 「受賞のことば」と「選評」
メディア史の空白を埋める作品
魚住 昭/ノンフィクション作家 選評を書くのは難しい。僅かな字数で、受賞作とそうでない作品のちがいを説明しなければならないからだ。今回のように候補作全体のレベルが高いときはなおさらである。 まず『正義の行方』。これは、飯塚事件の捜査に携わった警察官、死刑になった被告の妻と弁護士、事件を報じた記者らの証言をもとに、捜査の問題点を検証した労作だ。ただ、肝心のDNA型鑑定のくだりに言葉足らずの感があった。工夫の余地があったと思う。 『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』は、事件の真相を知りたいという読者の願いに応えたルポである。事件の背景にクナール川の水の利用を巡る争いがあるという著者の指摘に説得力を感じたが、黒幕の正体はまだベールに包まれている。さらなる取材に期待したい。 『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』はボクシングファンにはたまらない作品だ。井上に敗れた者たちの視点から井上の強さを描くというコンセプトは秀逸だったが、彼らとの対戦で井上本人が何を思い、どう変わっていったのかも描いてほしかった。 『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』は面白い読みものだが、評伝としては未完成だ。評伝の生命である著者と対象の間の緊張感がない。著者は橋本に遠慮しているみたいだ。場合によっては橋本の言動を徹底批判する覚悟が必要だったのではないか。 『密航のち洗濯 ときどき作家』は、戦前の日本にやってきた朝鮮人作家とその家族を描いた作品だ。精緻な取材で百年前の出来事をも克明に再現している。後半の戦後編では、生活保護、健康保険、年金、選挙権などの諸権利から排除された一家が苦難を乗り越えてゆく姿が心を打つ。戦前・戦後史の知られざる断面を描いた傑作である。 そして、選考会で最も高い評価を得たのが『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』だった。戦時のラジオ放送の現場をこれほど詳細かつ生々しく描いたものを私は知らない。メディア史の空白を埋める画期的作品として後世に受け継がれていくだろう。