トッテナムで信頼を掴んだポステコグルー采配。英国でも変わらぬ決断力と試練【コラム後編】
今夏に日本を賑わせるニュースが飛び込んできた。かつて横浜F・マリノスで指揮を執り、セルティックでは多くの日本人選手を指導したアンジェ・ポステコグルーが今年6月にプレミアリーグの名門トッテナムの新監督に就任した。就任からおよそ半年、彼のこれまでのノースロンドンでの歩みを振り返る。【コラム後編】(文:安洋一郎)
●責任感を植え付けるアプローチ また選手への接し方以外にもチーム内での改革を行った。その一つがホームゲームの前日の過ごし方だ。 それまではクラブ施設に併設されているホテルに宿泊することが一般的だったが、今は各々の自宅で寝泊まりし、当日に集まるルールに変更している。多くの時間を家族と過ごしてもらうことで、リラックスして試合を迎えて欲しいという配慮だという。 彼のマネジメント方法は、選手一人ひとりに責任感を与える意味で、かなり強い効果を発揮すると推測する。監督に対してアピールするためには、トレーニングを含めたピッチ上でのパフォーマンスのみが重要視されるため、各々が課題克服や持ち味を伸ばすために真剣に取り組む。その中でプライベートでは一家の長として、多くの時間を家族とともに過ごす。 サッカー選手に関わらず、人は競争意識が高まり、今まで以上に責任感が与えられると、自ずと成長する。これが“ポステコグルー流“マネジメントがうまくいく秘訣なのだ。 ●活気を取り戻した魅力的なサッカー 早い段階でチームの戦術が浸透したことや、ポステコグルー流のマネジメントでトッテナムに活気が戻った。 早くも彼の代名詞でもある超攻撃的なフットボールはサポーターたちに受け入れられており、モウリーニョやヌーノ・エスピリト・サント、コンテ時代の退屈なサッカーから脱却することに成功した。 サポーターからの信頼を得る上で重要となったのが、アーセナルとの第6節だ。コンテが率いた約1年前のアウェイでのノースロンドンダービーでは、1-3のビハインドを負っている状況で迎えた71分にソン・フンミン、リシャルリソン、イバン・ペリシッチ、クレマン・ラングレをベンチに下げて、ビスマ、ダビンソン・サンチェス、ライアン・セセニョン、マット・ドハーティを投入していた。 コンテはこの“ダービー”の意味を理解していなかったのだろうか。いわば“降参”とも捉えることができる、負けている状況で攻撃的な選手をベンチに下げて、守備的な選手を投入した采配にはサポーターからは不満の声が続出した。 一方のポステコグルーはアーセナルに対して屈することは絶対にしなかった。2度のビハインドを追いつき、アウェイで勝ち点を持ち帰った。トッテナムにとって、エミレーツ・スタジアムでのリーグ戦は直近30試合で1勝11分け18敗と鬼門の地であり、そこで最後まで諦めない姿勢をみせたことで、一気にサポーターの信頼を掴んだ。 さらにサポーターとの絆が強固となったのが第11節チェルシー戦だ。この試合では2人の退場者を出したことで9人での戦いを余儀なくされたが、最後まで勝利を諦めずに前からプレッシャーをかけ、ハイラインも維持して自分たちのスタイルを貫いた。結果的に1-4で敗れ、今季初黒星を喫してしまったが、ホームのサポーターは勝利をした時と同じように『Oh When The Spurs』を歌い、選手たちの健闘を讃えた。 このような光景は近年のトッテナムでは見られなかったものだ。まさにトッテナム・ホットスパー・スタジアムに活気が戻った瞬間だった。 ●ポステコグルーに訪れたトッテナムでの最初の試練 試合に負けたのにも関わらずサポーターが好意的なリアクションをみせたチェルシー戦だったが、この試合を皮切りにトッテナムに試練が訪れている。 先述したハイラインのキーマンでもあるファン・デ・フェンと攻撃を牽引しているマディソンがこの試合で負傷。一発退場となったロメロは第12節から3試合の出場停止処分となった。 そして迎えた第12節ウルブス戦は、4人のディフェンスラインのうち3人を入れ替えた守備陣が耐えきることができず、90分から2ゴールを奪われて逆転負け。この試合でイエローカードを受けたビスマは代表ウィーク明けに行われるアストン・ヴィラ戦を累積警告のために欠場を余儀なくされる。 こうしたベストメンバーが揃わない状況でもポステコグルーは自らのフットボールを変えることはない。 この“頑固さ”が彼の性格を表すには最適な言葉だろう。彼の戦い方は常に徹底している。9人でチェルシーと対戦をした際も自分たちのスタイルを変えることはなかった。これはサポーターからすれば、勇敢なものだったかもしれないが、冷静に考えると、この戦い方しか持ち合わせていないとも捉えることができる。 今いる選手の特徴に合わせてチームを作るのではなく、自らのスタイルに合う最適な選手を選ぶ彼の戦い方では、主力不在時の戦力ダウンが著しい。特にCBの不在は大きく、ダイアーとベン・デイビスが控えCBのファーストチョイスである現状はかなり厳しいものがある。 トッテナムは11月の代表ウィーク明けから5位アストン・ヴィラ、1位マンチェスター・シティ、9位ウェストハム、7位ニューカッスルと、トップハーフとの連戦が続く。年明けにはチーム得点王のソン・フンミンがアジアカップ、不動のダブルボランチであるビスマとサールがアフリカ・ネーションズカップ参加のために最大1ヶ月間チームを離れる。 国際大会の影響は、離脱期間中はもちろん、大会後も疲労の影響が出る可能性がある。先述した通り、主力不在時の戦力ダウンが著しい現在のポステコグルーの戦い方では、年明けに移籍市場が開幕するとはいえ、1月末までに大きく順位を落としてしまう可能性もあるだろう。 それでもオーストラリア人指揮官は自らのスタイルを変えることはないだろう。常に徹底している 彼の“頑固“な一面が良い方向に運ぶか、悪い方向に進んでしまうのか。 国際大会が終わるまでの先の2ヶ月が重要となりそうだ。 (文:安洋一郎)
フットボールチャンネル